言葉…04
訳も分からないまま高遠を見上げる僕に、大丈夫ですと優しい声を掛けて、それからゆっくりと丁寧に降ろしてくれた。
ぎしっと軋むような音が微かに聞こえて、降ろされた先がベッドだと気付いた僕の肩を、彼は唐突に少し強く押して来た。
呆気なくシーツへ沈んだ途端、真っ暗だった部屋が明るくなる。
天井の照明が点き、眩し過ぎない柔らかな光が、眼に映った。
「もう、分かりますよね。私が貴方を頂きたいと云った、言葉の意味…」
高遠は穏やかな声を響かせながら、僕の上へ覆い被さって来る。
セックスの経験を尋ねた声と、好きだと口にした声が、頭の中で回り始めた。
「高遠…待って、僕は男だ」
「ええ。昔、手洗い場にまで付き添った仲ですから…知っています」
「だったらセックスなんて、出来る訳ないだろ」
「真夏さん、男同士でもセックスは出来ますよ」
まるで当然の事のようにさらりと言われて、呆気に取られた。
高遠の言う事が俄かには信じられず、ひょっとしたらからかっているのかと疑い出した瞬間、彼の手が下腹へと移動するのが眼に映る。
「た、高遠…、」
その手が布越しとは云え、僕の性器にそっと触れた。
思わず少し震えた声で呼ぶと、彼は本当に嬉しそうに、くすりと笑った。
「真夏さん…硬くなっている。キスだけで、感じましたか」
「…っ、」
図星をさされて、顔が熱くなる。
僕の知っている高遠は、こんな意地悪い人じゃなかった。
こんな高遠は嫌だと考えて、僕はすぐさま、逃げようともがく。
「や、やっぱり帰るっ…こ、こんなの…おかしい」
「そうですか。なら、才崎さんの会社はお終いですね」
冷ややかな声が上がって、僕は動きをぴたりと止めた。
相手の双眸へ目を向ければ、強い視線とぶつかる。
「真夏さん、貴方は優しい人だ。親を見捨てることなど、出来ませんよね?」
あの穏やかで優しい笑みが今は何処にも無くて、高遠は冷たい声で語りかけて来る。
そんな高遠が、信じられなかった。
昔の、あの優しかった高遠が、今は僕を……脅して、いる。
「どうして、そんな、ひどいよ…」
「申し訳有りません。けれど、貴方が欲しくて堪らないんです」
「あ…っ」
唐突に下腹に刺激を感じて、背筋が震えた。
上体を少し起こして見れば、いつの間にか降ろされたジッパーの間から、高遠の手が入り込んでいる。
あまりにも早急過ぎる行為に、高遠が本気で僕を欲しがっているんだと理解出来て……胸が、熱くなった。
だけど簡単に受け入れることなんて、出来無い。
僕はまだ、あの日僕を置いて行った高遠を、許せないのだから。
他からして見れば小さなことなのかも知れないけれど、僕にとっては深い傷になるぐらい、大きなことだ。
それなのに高遠は何事も無かったみたいに、いきなり現れて好きだと口にして
挙げ句セックスしたいなんて……あまりにも身勝手過ぎて、許せない。
「い、嫌っ…高遠、やだよ…っ」
幅が違いすぎる広い肩に両手を置いて、必死で押し戻そうとしたけれど、びくともしない。
僕は別に非力って訳でも無いし、力はそこそこ有る。
それなのに、どんなに押し戻そうとしても高遠は平然として身体を退ける事もせず、性器を揉み込むように扱いて来た。
自分でするよりもずっと巧みで、しかもそれが高遠の手だと思うと、刺激がとても強過ぎる。
「真夏さん…すごい、溢れてますよ」
「んっ…や、め…っ」
溢れ出した蜜を塗り込むように先端を指でなぞられ、腰に甘い痺れが走った。
執拗に先端を指で擦られると頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなる。
あまりにも気持ちが好くて、しまいには高遠の手に自ら性器を擦り付けていた。
そのまま夢中で腰を揺らして、僕は本当に呆気なく、好きな人の手に追い上げられていった――――。
あの日、高遠に初めて抱かれたのが、去年の今日だ。
だから今日は良く、あの日の事を思い出してしまう。
高遠は、壊れ物を扱うみたいに慎重に触れて、ひどく丁寧に僕を抱いてくれたけれど、僕は自分が悔しくて堪らなかった。
高遠の事が許せなかった筈なのに、快楽に溺れてしまった所為で
大した抵抗も出来なかった自分が悔しくて悔しくて、ことが終わった後、高遠を責めた。
絶対に許さないと告げた僕に向けて、高遠はまるで嫌われまいとするように、何度も謝罪を口にして……
そんな彼を前にして、相応しい罰を僕は思い付いた。
僕を置いて、何も告げずに行方を眩ました事に対する、罰。
身勝手に僕を抱いた事よりも、そっちの方が何よりも許せなかったのだ。
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