言葉…05

「真夏さん、高校はどうですか」
 初めて高遠に抱かれた日の事を思い出していた僕に向けて、穏やかな声音が掛けられる。
 行為まではっきりと思い出してしまった所為で、少し顔は熱くなっていた。
「お陰様で、楽しませてもらってるよ。高遠が現れなきゃ、退学して働かないといけなかったし」
 悟られまいと、窓の外を眺めたままで素っ気無く返す。
 運転席の高遠は、そうですかと短く返して、車内は再び静かになった。

 ………僕は、高遠が何をしても、喜びを外に出すまいと決めた。
 セックスの時以外は、必要以上に自分から彼に触れないし近付かないし、甘えたりもしない。
 そして絶対に、あの言葉は口にしない。
 それが、僕が勝手に決めた高遠への罰だった。
 彼をただ懲らしめる為にそんな罰を考えて、ずっと実行して来たけれど―――――意外にもそれは、僕自身にも苦痛と疲労を与えていた。

「真夏さん…今日は、どうされますか?このまま真っ直ぐ、帰宅なさいますか」
 ようやく熱が引いたのを感じて、運転席の方へ顔を向けなおした矢先に、質問が投げ掛けられる。
 見れば高遠は、僅かに眉を顰めて小難しそうな顔をしていた。

 ―――――ホテルの部屋、取ったんだ。
 高遠の微妙な表情から、そう察した。
 あの日と同じ日の今日は、僕の事が好きで好きで仕方ないこの男にとって特別な日になっているのだ。
 わざわざ部屋まで取る程の、特別な日に。
 そこまでこの男に想われている事が嬉しくて、僕は笑い出しそうなのを必死で堪えた。
「帰る。僕が高級なものは大嫌いだってこと、知ってるだろ?本当はこの車だって、乗っていたくない」
 嬉しくて堪らないのを必死で押し殺して、僕はあえて、不満気な声を上げた。
 すると高遠はすぐさま謝罪を零し、少し苦々しげな笑みを浮かべる。

 ―――――傷付いたのかも、知れない。
 何も言わなくなった高遠から顔を背けて、胸が痛むのを感じて僕は眉を寄せた。
 置いて行かれた僕は彼の何倍も傷付いたのだから、罪悪感なんて感じなくて良いのだと自分に言い聞かせてみる。
 だけどどんなに言い聞かせても、高遠を傷付けてしまったかも知れないと云う考えだけが、ぐるぐると回って
 車内の雰囲気さえ重く感じて、暫くの間、僕はいつものように罪悪感に苛まれた。



 好きな人を傷つけて罪悪感も感じず、平気なままでいられる人は、どれだけ居るんだろう。
 罰を思いついて実行しようと決めた頃の自分は、あまりにも子供過ぎた。
 自分まで苦しむ事になるなんて、あの時は全く考えもしなかったのだから、幼過ぎるにも程が有る。

 高遠の家に戻って着替えを済ませると、僕は寝室に閉じこもった。
 だけどすぐに高遠が傍にやって来て、ベッドの上で横になっていた僕に向けて心配げな声音を出すから、余計に胸が痛んだ。
「……ねぇ、高遠はどうして僕に、そんなに優しく出来るの?」
「真夏さんは私の為に、一生懸命になってくれましたから」
「それは、昔のことだ。僕はもう昔とは全然違うし、今は高遠のことが大嫌いだよ」
「はい、分かっております。それでも私は…真夏さんが好きです」

 ――――どうして、そこまで好きになれるんだろう。
 たくさん冷たくされても、好きなままでいられるんだろう。
 気になって尋ねようとしたものの、ベッドの上へあがって来た高遠が眼に映って言葉を呑んだ。
 高遠は何も告げず、僕の上にゆっくりと覆い被さって来る。
 細身だった昔とは違い過ぎる、逞しい体躯に迫られて胸が高鳴った。
「好きです。」
 シーツと背中の隙間に腕を差し込まれて、抱き締められる。
 低く穏やかな声音が響いて、それと同時に、耳元に掛かる吐息がくすぐったい。
「真夏さん、好きです…大好きです」
「高遠……言い過ぎだよ、」
 彼の背に手を回したい衝動を堪えて、迷惑気な口調を作って言ってやると、腕に力が込められた。
 すみません、と僕の耳元で謝罪を零しながら、きつく抱き締めて来る。
 高遠に強く抱き締められると、気持ち好過ぎて堪らない。
 すぐにそう云う気分になってしまうのは………今まで一日に何回も、高遠に抱かれた所為だ。

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