言葉…11

「高遠はさ、そんなに…僕が好きなの?」
「それはもう、いつも言っているように大好きです」
 飾りっ気の無い素直な言葉が嬉しくて、僕はネクタイから手を離し、彼の首へと腕を絡める。
 真剣な表情で僕を見下ろして、もう一度、好きだと告白してくれる高遠が何よりも愛しい。
 身体をずらして向き合うと、僕の背に高遠の手が回された。
「いつから、好きだった?」
「私の大切な物を一生懸命探してくれた時から、ですね。自分の事のように必死になってくださって……あの姿は、忘れようとしても忘れられません」
 嬉しそうに微笑みながら語る高遠を見上げて、僕はその時の事を思い出していた。
 本当に、大切な物だと高遠が言ったから、僕も変に感情移入してしまって必死で探したのだ。
 友達と遊ぶのすら投げ出して毎日探し続けて、五日目でやっと、小さくて綺麗なピアスを見つけた。
 澄んだ碧色の宝石が付いたそれは妹さんの形見の品だと、探し出した後に高遠から教えて貰った覚えが有る。

「へぇ…、」
 素っ気無く返して、胸中で溜め息を零す。
 出会ってから直ぐに高遠に懐いたけれど、好きになったのはそれよりずっと後だ。
 好きになったのは高遠より僕の方が後だった事を知らされた所為で、告白する機会は遠ざかってゆく。
 もし僕が先だったら、僕の方が先にお前を好きになったんだよ…とか
 さり気無く告白をしてやろうかと思ったけれど、思い通りには行かないみたいだ。

 …………高遠は、とても鈍い。
 一年以上も一緒に居て抱き合っているのに、全く僕の気持ちに気付いていないなんて、大馬鹿過ぎる。

「ねぇ、高遠…キスして」
 セックス以外の時は決して甘えない僕が零した科白に、高遠は驚きの表情を見せた。
 少し熱の篭もった低い声で僕の名を呼んでから、彼は顎を優しく掬い上げてくれる。
 好きでも無い相手に、キスをしてくれだなんて僕はねだれないと云うのに、彼は全く、気付いていない。
 あの、初めて抱かれた日から、僕がずっと高遠を憎んでいると思っている。

「…ん…っ」
 重なった唇は、相変わらず冷たかったけれど、優しいその口付けに胸が熱くなる。
 何度か啄ばむような口付けを繰り返され、唇をやんわりと咬まれて舐められ、ぞくぞくした。
 キスをされただけで、こんなにも身体が熱くなって興奮するのは、お前だけだと教えてやりたい。
 唇が惜しむように離れると僕は彼の手を取り、自分の胸元へ押し付けた。
「高遠、分かる?苦しいぐらい、どきどきしてる」
 つまらない意地を張り続けた僕の代わりに、この心臓が、直接彼に伝えてくれれば良いと思う。

 ――――僕がどれだけ、お前を好いているのか。
 お前にもう一度再会出来て、どれだけ嬉しかったか。
 あの日初めて抱かれて、本当は幸せで仕方が無かったことも、全部教えてやりたい。

「高遠は、昔っからそうだ。鈍感で、全然僕の思い通りにならない」
 ――――だけど僕を退屈させずに、いつだって、この心を熱くさせてくれる。

「ねぇ、(いつき)…」
 初めて下の名前を呼んでやると、高遠は本当に驚いたように瞠目して、信じられないものを見るように僕を見つめた。
 その表情が可笑しくて、何だか可愛くて、僕は自分から彼に口付けた。
 高遠の唇を軽く舐めてやると、彼はようやく普段の表情に戻って僕に視線を注いだ後、微かに苦笑した。
「名前を、覚えていて下さっているとは…思いませんでした」
「珍しくて印象的だったからね。……ねぇ、お前が居なくなった時、僕がどれだけ苦しかったか分かる?」
 責めるように言ってから立ち上がり、僕は近くの机上へ座って彼を見下ろした。
 此方を見上げて来るその真っ直ぐな双眸が、好きで好きで、たまらない。

「鈍いよ樹。鈍いお前なんか嫌いだよ、顔も見たくない。嫌い、大嫌いだ。嫌いで、嫌いで……」
 ――――――でも、好きだよ。ずっと前から。
 意地を押し退けて、本当に小さな声でだけど、言ってやった。
 強張った高遠の顔がまた、信じられないと云ったような表情になったから、多分聞こえたんだろう。
 やっと伝えられたのだと思うと深い溜め息が零れて、それから急に、ひどく恥ずかしくなった。
 顔が熱くなってゆくのが分かって、赤面なんて似合わないからしたくないのにと、胸中で舌打ちを零す。
 沈黙が続くといたたまれなくなって、僕は高遠から目を逸らした。

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