水槽…4
「蓮、立場を忘れるな…おまえは俺に買われた身だろう、」
痛みで、反射的に片目を瞑った蓮を、冷たく見下ろす。
額にはうっすらと汗が滲み出していたが許す気にはならず、もう少し力を込めてやろうかと考えた瞬間、蓮は反らしていた顔を戻した。
視線がようやく絡み合うと嘉島はすぐさま力を抜き、肩から手を離してやる。
「忘れるんじゃねぇぞ、蓮。ただの抱き人形に、拒否権はねぇんだ」
――――痛い。
胸の奥がひどく痛んで、蓮の瞳が微かに揺れる。
冷たすぎる言葉が心に深く突き刺さって、何よりも、痛い。
嘉島の元に来た当時は、どれだけ冷たい言葉を浴びても、ひどい仕打ちを受けても平気だった。
それなのに…と、蓮は歯を咬み、シャツの胸元をきつく握り締める。
嘉島に恋心を抱いてしまってからは、苦痛ばかりの日々で……本当に弱くなって、傷付いてばかりだ。
相手は自分を玩具のようにしか思っていないから余計に、想いを打ち明ける事など出来なくて。
冷たい言葉を投げ付けられても、雑に抱かれても、彼を嫌いになれない自分が……ひどく、愚かしくも思える。
「おい、何を考えてやがる」
下唇を噛み締めた蓮に気付き、嘉島は不機嫌な声を放つ。
はっとし、すぐに我に返った蓮は何も考えていないと告げるように、必死にかぶりを振ってみせた。
本音を決して打ち明けようとしないその姿に、嘉島は余計に苛立つ。
「人形は何も考えずに、じっとしていろ。」
冷ややかなその言葉に胸の奥が再度痛んで、蓮は目を瞑った。
…………嘉島さんが、厭きて僕を捨てるまで、この苦痛はずっと続くのか。
だとしたら、ひどい人生だと、蓮は思う。
嘉島の言葉は、いつだって痛すぎて……この胸に、深い爪痕を残してゆく。
好きだからこそ余計に相手の言葉が痛く、辛く感じるのだと、初めて知った。
「蓮…目を開けろ」
骨格の細い蓮の顎を掴んで、嘉島が低く囁く。
命じられた通りに蓮が瞳を開くと顔を近付け、柔らかな唇をいささか乱暴に奪った。
深く口付けられ、早急に舌が差し込まれると、久し振りの感覚に蓮の背筋が震える。
それを見抜いた嘉島は喉奥で笑い、片手を動かして相手の服の釦へ手を掛けた。
服を脱がしながらも休む事無く口腔を探り、舌を絡め取って来る巧みさに、蓮はいつも経験の差を思い知らされる。
舌をきつく吸われただけで、自分は頭の中が真っ白になってしまうのにと、少し不満すら抱く。
微かに眉を寄せるものの、不満を抱く心とは裏腹に身体は火照り始め、欲情は強まってゆく。
同時に込み上げて来る強い羞恥心に耐えられず、青白く光る水槽へと視線を逃した。
蓮のその態度を前にすると拒まれた気になり、嘉島は胸中で舌打ちを零す。
――――そんなに俺が嫌いか。見たくない程、憎いか。
そう尋ねてやりたい衝動に駆られるが、それを口にする己の姿はあまりにも情けない。
問いを押し殺しながら舌をゆっくりと抜き去ると、蓮は濡れた眼差しを此方へ向けて来る。
怯えた色を隠そうとしない蓮を前にして、嘉島は目を細め、微かに舌なめずりした。
嘉島のその姿が、狩りを愉しむ獰猛な獣のように見え、蓮の身体はぶるりと大きく震える。
怯えの色が一層強まった蓮に加虐心を煽られ、嘉島はうっすらと口元を緩ませた。
「そういえば俺が居ない間は、どうしていた。田岡を誘ったのか?」
蔑むような冷たい声音を掛けられ、蓮の目が見開かれる。
掛けられた言葉があまりにもショックで、遣る瀬無い。
自分は、そこまで節操の無い人間に見えるのかと、嘉島はそんな風に自分を見ているのかと思うと、胸がひどく痛んだ。
まるで汚い物でも見るかのような冷たい眼差しで見下ろされ、息苦しささえ感じる。
そんな目で見下ろされると、所詮自分は、ただの玩具でしか無いのだと厭でも思い知らされるから、辛すぎてたまらない。
「どうした、早く答えろ。…ああ、そうか。おまえ、まだ喋れないんだったな」
小馬鹿にするように鼻で笑われると、蓮は眉を寄せ、逃げるように視線を逸らす。
そんな風に言われると、喋れなくなってしまったのは心が弱いからだと責められているようで……悔しくて、泣きたくなる。
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