水槽…17

「…っ…嘉島さ…傷は、傷は大丈夫なんですか…?」
 咄嗟に疑問を口にすると嘉島は眉を顰め、憮然とした表情を見せた。
「おまえ、俺を誰だと思ってやがる。武闘派があんな傷如き、堪える筈ねぇだろう」
 小馬鹿にするように鼻で笑うが、実際は見栄を張って、苦痛を顔には出さずにいた。
 蓮はそれを見抜ける筈も無く、けれど案じ顔を崩そうともしない。
「でも、…でも、退院したばかり…」
「もういい、黙っていろ。」
 苛立たしげにきっぱりと言い捨て、反対の手でボトルを掴んだ嘉島は、慣れた様子で潤滑液を指に絡めた。
 声も掛けずに窄まりへ指を差し入れられ、蓮は息を呑む。
 急速に指を奥へと押し進められ、肌に汗がうっすらと浮かんだ。

「他の事は一切考えるな。今はこっちに集中しろ…いいな、」
「…ん、ぁ…あっ…」
 感じる箇所を責められると、蓮は甘く切ない声を上げる。
 嘉島の指が内部でくねり、かき乱すのがはっきりと分かった。
 たまらず、蓮は甘く顰めた顔をシーツに擦りつけた。
 始めは戸惑っていた蓮だったが快楽に負け、やがて腰をくねらせ始める。
 蓮の媚態に劣情を煽られ、嘉島は指を抜き、取り出した己自身へ潤滑液を塗り付けた。
 まだ充分解れていないのにも関わらず、猛った雄を強引にねじこみ、身体を早急に繋いだ。
 蓮は眉根を寄せて苦痛の表情を見せたが、休む間も与えず、ぐいぐいと内壁を押し広げてゆく。

「…う、…ッ…嘉島…さ…」
 やがて最奥へ到達すると、息も絶え絶えに呼ばれる。
 その声に惹かれるように嘉島は、しっとりと汗が浮かんだ額へ口付けを落とした。
 唐突な甘い行為に驚いた蓮が瞠目し、耳まで赤らめた。
 嘉島は薄く笑ったのち、浅く、緩い抽挿を始める。
 慣らすように抜き差しを何度か繰り返すと、苦痛に歯を咬んで涙を滲ませていた蓮の表情は、次第に愉悦を帯びてゆく。

「…っく…はぁ…あ…っ」
「そろそろ良いか…蓮、いい声を聞かせろよ。俺の為に啼け、」
 低い声音で囁くと、嘉島は急に腰の動きを激しくし、奥深くまで突き上げた。
「あぁ…っ! 嘉島…さ、…あ…っん、ん…ッ」
 蓮は背をしならせ、甘い声を上げて身悶える。
 今まで何度もしてきた行為なのに、蕩けてしまいそうなほど、感じてしまう。

「もっと俺を呼べ、蓮…」
「あ…あっ、かしまさ……ん…憲吾さん…っ」
「……もっとだ。もっと、俺の名を口にしろ…」
 低い声が耳に響いて、再び唇が重なった。

 愛しいひとと身体を繋げても、悲しくて、辛いだけだった以前とは違い
 溶けてしまいそうなほど熱くて、身体の奥底から愉悦が込みあげてくる。

 幾度も傷付いてきた心が、今、満たされている。
 蓮は至福に包まれながら嘉島の広い背へ両腕を回し、きつく絡める。

 薄暗い室内で何度も肌を重ね合わせる二人を
 水槽の青白い光が、淡く、照らし続けていた―――――。




 夜明け前に目を覚ました蓮は、静かに上体を起こした。
 隣では、嘉島が規則正しい寝息をたてて眠っている。
 嘉島と想いが通じ合って一週間が過ぎても、蓮はずっと幸福感に包まれていた。
 この幸せが、出来ることなら長く続いて欲しいと、もう何度も思っている。
 嘉島の寝顔を暫し眺めた後、蓮は視線を移し、真新しい窓を見遣った。
 数日前、窓が欲しいと呟いたら、嘉島は本当に業者を呼んで設置してくれたのだ。
 これから先、景色を毎日眺められるようになった事も嬉しいが
 何よりも、嘉島が嫌な顔一つせずに願いを聞き入れてくれたことの方が嬉しかった。
 蓮は物音を立てぬよう、ベッドから抜け出して窓へ近付く。
 窓紗を開け、硝子越しに外を眺めた蓮は、目に映った景色にはっと息を呑んだ。
 夜明け前や日没後に見れる現象によって、外は、深い碧色に染まっている。
 樹木も建物も、街すべてが同じ色に染められていて、蓮は陶酔するように吐息を零した。

「すごい…まるで水底に……ああ…水槽の中にいるみたい、」
「面白い捉え方をするな。俺には、ただ青いとしか思えねぇ」
 不意に背後から声が掛かったが、蓮は振り向かず、くすりと笑った。
「憲吾さんらしいです」
「蓮、笑うならその顔を俺に見せろ」
 声が掛かったと同時に、蓮は強引に振り向かされる。
 思ったよりも嘉島の顔が近くにあった事で、どきりとし、硬直した。
 その様子に眉を上げた嘉島は、薄く笑う。
「笑い顔だけじゃなく、色んな顔を俺に見せろ。これから先も、ずっとだ。いいな……」
 相変わらずの傲慢な物言いだが、蓮はそれを重荷には感じなかった。


 窓の外では陽が姿を見せ、空が徐々に明るくなり始めている。薄明だ。
 青く染まっていた街並みに、光が降り注ぎだす。
 窓越しの光を浴びて、嘉島は眩げに双眸を細めた。
 それを狙ったかのように蓮が顔を近付け、嘉島の言葉に頷くかわりに、自ら唇を重ねた。
 嘉島は一瞬だけ驚いたが、すぐに身を屈め、蓮の顎を固定して深く口付ける。


 お互いの温もりを確かめるように、何度も身体に触れ
 隙間を埋め尽くし、離れまいとするように二人は強く、強く、抱き締めあった。


終。


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