碧空の下…8

「火葬、終わったみたいだからな…雄一の骨、拾ってやろう。」
 宥めるように肩を叩いてくれた父に促されるようにして、炉の前へ連れて行かれる。
 既に集まっていた親戚達は皆一様に、哀れみを帯びた物言いたげな視線を俺へ向けて来るものだから、少し居心地が悪くなった。
 やがて骨上げが始まり、引き出された雄一の骨を目にした母は泣き崩れ、伯母に支えられる。
 骨を拾い、骨壷に収めてゆく人達の姿を眺めながら俺はぼんやりと、雄一との思い出を脳裏に浮かばせた。

 昔、祖父が亡くなった時、雄一は骨を拾うのに苦労していた。
 箸を邪魔臭そうに置いて、手で掴んだら駄目なのかと場にそぐわない言葉を漏らし、周囲の人間を困らせていた。

「陽一、拾ってやらないのか?」
 俺の隣に立っていた父が、躊躇いがちに声を掛けて来る。
 親戚連中にも聞こえるほどの声量だった所為で、彼らの注目が一気に集中した。

「陽一君、辛いだろうけど、ちゃんとお別れを言わなきゃ」
「そうだぞ陽君。雄君が旅立てるように、しっかりしないと…雄君が、可哀想だろう?」
「陽ちゃん、子供じゃないんだから、ね?早く済ませて頂戴。」

 次々と掛けられる声が、ひどく煩く感じる。
 目線を下げて、歯を強く咬んでいる間も、大人たちは、分かったような口ぶりで語りかけて来る。

 ―――――煩い。
 まだ、認めたくないんだ。あいつが、死んだなんて。
 そこに有る、灰と骨だけのものが、雄一だなんて………嘘だ。
 だって、あいつは、あんなにも輝いていたじゃないか。

「ねぇ…弟が死んだって云うのに泣きもしないなんて…ちょっと冷たいわよね」
「陽君は昔から無関心な子だったからな。誰が死んでも、何とも思わないんだろ」
「やだ、そう云うのって病気とかじゃないの?ほら、統合失調質人格障害とか。私、本で見たこと有るのよ」

 親戚達の説得は次第に、呵責へと変わってゆく。
 隣に立っていた父は少し慌てて、拾うように促して来るけれど俺は結局、骨を拾う事はしなかった。
 譴責の眼差しが周囲の人間達から注がれるが、俺は構わず、足元をひたすら睨みつける。

「陽一…」
 暫くして、女性の呼び声が耳に届いた。
 視線をゆっくりと上げれば、母が泣きながら骨壷を差し出して来る。

 …………せめて、抱いてやれと云うのだろうか。
 一瞬息が詰まったけれど、俺は浅く頷き、差し出されたそれを受け取った。

 それは、あまりにも、軽かった。
 死ぬと、ひとはこんなにも、軽くなるのか。
 骨壷を抱いていた手が、徐々に震えだして、上手く力が入らない。

 ――――此れは……此れが、雄一なんだ。
 ひととしての重みを失った弟は、ひどく弱々しくて、遠い存在になってゆく。

 雄一は、本当に―――――もう、いないんだ。



 親の家へ戻り、初七日の法要も共に行なって精進落しを終えた頃には、日は沈んでいた。
 鮮やかな碧色が広がっていた空は、今はもう暗く、星が瞬き始めている。
「ちょっと酒、飲まないか?」
 宴の席を抜け出して縁側に座り、ぼんやりと空を仰いでいた俺に父が声を掛けて来た。
 断りを入れた上で隣に座った相手は、猪口を半ば強引に差し出して来る。
 躊躇いつつも受け取ると、直ぐに酌をしてくれた。
「昼間は弟連中が悪かったなぁ」
「別に俺、気にしてないけど。」
 他人の言葉なんて、いつまでも引き摺るほど俺は繊細って訳じゃない。
 昼間言われたことも全く頭の中に残っていなかったけれど……雄一の死は、ずっと胸中に残っていた。
「ほら、呑め呑め。」
「ん。…何か少し、辛いかも」
 促されるまま、沈んだ気を紛らわすように酒を呷ると、舌に広がる味に少し驚く。
「旨いだろう?飽きない旨さってのは、こう云う酒のことを言うんだ」
「へぇ。甘鯛とかに合いそうだな」
「合うぞ合うぞ。特に甘鯛のちり蒸しとかな、ありゃかなり旨い」
 明るい笑い声を上げながら愉しそうに語る父から視線を逸らし、暫く手酌をしていると不意に、喋り続けていた声が止んだ。
 不思議に思って父の方へ視線を向ければ、此方をじっと眺めている双眸と、目が合う。
 表情はひどく悲しげで、猪口を持つ手は微かに、震えていた。

 …………俺に、雄一を重ねているんだ。
 父の表情からそう察したけれど、頑固な面が強い父のことだから気付かれたくは無いだろうと考えて、俺は何も知らないふりをした。
「親父…酒呑まないんなら、俺が全部呑むけど?」
「馬鹿云うな、この酒な…高かったんだぞ。俺は、吐くまで呑むぞ」
 勢いに乗ったように、父は速いペースで酒を猪口に注ぎ、呷った。
 そんな自棄酒のような呑み方では、旨さも味わえないんじゃないかと思うが
 子を失った親の心情を考えれば、止める事が出来なかった。


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