理想の犬?…07

「答えないなら、お望みどおり、やめてやるよ…、」
 あと少しで限界に上り詰めそうだったのに、男の手が性器から離れてしまう。
 急に放置された自身は快感を見失い、切なげにヒクンヒクンと震えている。
「ぁっ…ゃ…やめ、ないで…」
 涙を零し、千尋は縋りつくように男の手を両手で掴んだ。
 眉根を寄せ、上気した顔でこちらを見上げて来るその表情は、あまりにも魅力的だ。
 こんな顔で誘われれば、その気が無い男でも血迷ってしまいそうだ。
 心中でそんな事を考えながら、男は青年の震えている性器へと再度手を伸ばし、包み込むように指を絡める。
「ん…ッ」
 それだけで反応し、声を漏らしてしまう青年を見下ろしながら、男は緩やかに手を動かし始めた。
 甘い疼きが腰からじわじわと広がり、千尋の華奢な身体が震える。
「ぁっ…あっぁ、んン…ッ!」
 下唇を噛み締め、唐突に千尋は俯いてしまう。
 ビクン…と青年の身体が一瞬跳ね、続いて暫くの間小刻みに痙攣し、一気に脱力する。
 欲望を放ち終えて脱力した千尋を支えるように、華奢な相手の身体を抱き寄せた。
 だがその顔には、少々不満そうな色が浮かんでいる。

「……好かったか?」
 相手の顎を掴んで顔を上げさせ、甘く息を乱している青年を見下ろしながら尋ねる。
 うっとりと放心しているような相手の顔を目にして、男は低い声で笑った。
「今度は達く瞬間の顔、見せろよ、」
 男の揶揄するような口ぶりに、青年はまだ放心したままで、何も答えない。
 自分の声が相手の耳に届いていない事に気付くと、男は眉を寄せ、相手の頬を軽く叩く。
「おい、……大丈夫か?」
「ね…が、」
 少し我に返ったのか、青年の唇が薄く開いた。
 しかし短い言葉を紡ぐと、直ぐに静かになってしまう。
「何だ、もう一度云え、」
 形の良いその唇へと耳を近付け、男が声を掛ける。
 すると青年は男の服をきつく掴み、まだ少し息を乱しながらも言葉を漏らした。
「お、ねがい…僕の、犬に…なって、」
「おまえ…まだそんな事云ってんのか」
 弱々しく言葉を紡ぐ相手に呆れ、男は相手の唇から耳を離す。
 縋りつくような青年の表情に一瞬心を奪われそうになるが、視線を逸らす事で回避した。
「おじさ…、僕の…」
 まだ諦められないのか、千尋は執拗に言葉を紡ぐ。
 呆れるより他に無い男は、青年から一度離れようとするものの……彼の手が服をしっかりと掴んで、離さない。

「おい…いい加減、離せ」
「おじさんが、欲しい…」
 甘く掠れた声が耳に入り、男の喉がゴクリと鳴る。
 同性だとしても、これ程までに綺麗で愛らしい青年に此処まで求められると、流石に男の心は揺らぎそうになってしまう。
「あぁ、分かったから離せ」
 青年の白い肌の、殴られた箇所が変色して痣になり始めたのに気付き、男は再度言葉を紡いだ。
 まずは痣になった箇所を冷やして、軽く手当てをして、青年がきちんと話せる程に意識がハッキリするまで待とうと考える。
 その場凌ぎのつもりで了承したのに、青年は信じ込んだのか、驚いたように目を丸くし……
「良かった…」
 安堵したような言葉を漏らし、幸せそうににっこりと笑って見せた。
 今までの、口だけで笑うようなものでは無く、本当に幸せそうな笑顔だ。
 初めて出会った時から浮かべていた笑みも魅力的だが……此方の方がずっと可愛らしく、縛り付けられる程に魅力的だと、男は思う。
 青年の笑顔から目が離せず、男は困り果てたように舌打ちを零した。

「……くそッ、どうにでもしろ」
 半ば自棄になりながらそんな言葉を放ち、心中で溜め息を吐く。
 こんなにもあっさりと他人に捕まえられるのは納得ゆかないが、どうせならこの青年が
 飽きるまで傍に居るのも、悪くは無いと云う考えが男の頭には有った。
 何処と無く寂しげなこの青年に、そして幸せそうなその笑顔に……心を奪われたのは事実なのだ。

 そのまま幸せそうに目を閉じ、意識を失ってしまった青年を起こさぬようにと、男は動く事を控えた。
 身体が冷えないようにと、華奢なその身体を包み込むように抱き込んだまま……

 飼い主の目覚めを、男は大人しく、待ち続けた。


終。

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