濡れる肌…04

 俺の嫌いな涙が零れそうなぐらいに溜まっているのに、それを見ても、俺は嫌悪感を感じなくて。
「兄ちゃ、ん…っ、好き……はぁ、あ…っ…大好き、」
 堪らなくなった、とでも云うように俺にしがみついて、肌に汗を浮かばせて。
 先端から零れる蜜は俺の手を伝って、彼の浮かばせた汗は俺の服を湿らせて……今のその状況が、ひどく、扇情的に思えた。

「っあ…あ、ぁっ、兄ちゃ…達く、達く…っ」
 徐々に強く扱き上げてやると腰は震え、掠れた声で彼は俺を呼ぶ。
 縋り付くような声に下肢に熱が溜まって、達けよと囁いて耳朶を甘く噛んで、敏感な亀頭を一際強く指で擦ってやると相手は泣きそうな声を上げて達した。
 痙攣を繰り返している身体が、抱き締めてやりたいと思うぐらいに愛しく思える。
 白濁で手を汚されたことを嫌とも思えず、俺は手を口元に近付けて、舌で緩やかに白濁を舐め上げた。
 青い匂いが鼻をついて、独特の苦味に少し眉を寄せたけれど、弟のものだと思うと嫌悪感はちっとも感じない。

「う、うそ…舐めた、の…?」
 息を弾ませながら信じられないものでも見るように、目を見開いているその表情に、俺は自然と笑みを零してしまう。
「好きな相手のものだから、いいんだよ」
 満足気な口調で返して、だけど弟の顔は反対に泣きそうなものに変わった。

 ………俺は涙が大嫌いで、だから泣く人間も大嫌いだ。
 その事を弟はちゃんと知っていて、知っているからこそ、泣き虫だったこいつはあまり泣かなくなった。
 それなのに、何もしていないのに泣き出してしまった弟に、俺はひどく戸惑った。
 涙が弟の白い肌を濡らして、他人の目から零れる雫に、いつもなら嫌悪感さえ抱く筈なのに……
 弟が泣くと、どうしてかすごく可愛いと思える。

「おれ、今まで兄ちゃんに好きって何度も言ってたけど、兄ちゃん軽く返すから……だから、ちゃんと真面目に取ってくれてないんだなって、おれ、男だし…弟、だし……」
 震えた声を出す弟を前にして、こいつはとても真面目なやつだから、と俺は考えた。
 すごく真面目なやつだから、同性で…しかも兄の俺を好きになったことに、こいつはきっとひどく苦しんだんじゃないだろうか。
 そう思うと、何だかこっちまで心が痛くなって、痛みを誤魔化すように軽く息を吐く。
「悪かったよ、おまえの好きは、普通の兄弟愛だと思ってた」
「兄ちゃん、おれが好きっていった時…いつも、嫌そうな表情、浮かべてた」
 面白いぐらいに言葉を直ぐに返して来たもんだから、俺は心底参って、苦笑を浮かべた。
「あのなあ…自分が惚れてる相手に、好き好き言われたら、手を出したくなっちゃうだろ。だから俺はそん時、自分に言い聞かせるのでやっとだったんだよ。こいつは普通に俺を好いてくれているだけだ、勘違いするな。諦めろ、抑えろ……ってな」

 情け無い俺を知って、呆れただろうか。
 一瞬、きょとんとした表情を彼は浮かべて、何度か瞬きを繰り返していた。
 だけど少し遅れて意味を察したみたいで、その顔は面白いほどに赤らんでゆく。
「に、兄ちゃん、ほんとに?…さっきも、愛しいって……ほんと?おれのこと、またからかってるとかじゃなくて?」
 しつこく尋ねて来る姿が、すごく可愛く思えて、俺は笑ってしまいそうなのを堪えた。
 今笑ってしまったら、からかいだと勘違いされてしまいそうだから何とか堪えて、それからやけに真面目な表情を浮かべて、俺は言った。
「大好きだよ……おまえに、ずっと触れていたいぐらいに」
 もう一度唇を奪って、何度でも唇を重ねて……相手の頬を伝っている涙に、俺は躊躇いなく指で触れる。

 ――――――俺の肌に触れる涙は、おまえのものだけでいい。

 そう囁いて、俺は顔を近付けて、その雫にそっとキスをした。


終。

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