黒鐡…13
「ふ……ん…っ、」
御島のキスは、獰猛そうな彼には似合わないぐらいに優しくて、舌に噛み付いて抵抗しようと思う気さえ起こさせないぐらいに巧みだった。
いつの間にか両腕は解放されていたけれど、僕はその手を動かして、御島の肩を掴む事しか出来なかった。
まるでしがみつくように相手の肩を掴んでいると、きつく舌を吸い上げられ、耳朶を指でなぞられる。
背筋がぞくぞくとしたけれど、それは不快感や嫌悪感のものでは無く、とても気持ちが好い。
上手く息がつけずに意識は朦朧として、身体が熱くなり始めた頃に、唇がゆっくりと離れてくれた。
軽く息を切らして放心しながら、彼の喉が上下するのを目にした僕は、ニヤニヤと笑うその表情へと視線を移す。
「美味かったぜ。…鈴、気持ち好かったか、」
満足そうに笑う御島の言葉に、やっと自分の唾液を飲まれた事を察した僕は、急激に熱くなる顔を反らそうとする。
だけど御島の手が、まだ僕の顎を掴んだままの所為で、反らせない。
何て男だろう……どうして、こんな事をするのだろう。
「な、何で…どうして、こんな事…」
どうしてか速まる鼓動を感じて、シャツの胸元を握り締めて、視線を逸らしながら震えた声で尋ねた。
すると御島は喉奥で低く笑ったものだから、僕は無意識に相手の方へ視線を戻してしまった。
「どうして、だと?鈴は可笑しな事を訊くな……そんなの、おまえが欲しいからに決まっているだろう、」
「欲しいって…、」
僕はモノじゃない。
それに……それに一番の問題が、有るじゃないか。
「ぼ、僕は、男ですよ」
きっとこの顔の所為だろうと、僕は考える。御島は僕を、女と勘違いしているのでは無いかと。
父の傍に居たのだから、息子だと云う事は知っているだろうとは、残念ながら考えられなかった。
考えられないぐらい、僕は予想外の出来事にひどく混乱していた。
「ああ、ちゃんと付いているな、」
「ひっ」
御島は唐突に僕の股間を服の上から撫で上げ、大して気にはして居ないように云うと、直ぐに手を離した。
信じられないと云った面持ちで相手を見つめながら、僕は微かに震える唇を薄く開く。
「き、キスは普通、女の人とするものですよ……御島さんなら、女性の一人や二人…」
「安心しろ。俺は吐き気がする程、女嫌いだ」
耳にした御島の言葉に、そんな馬鹿な、と言いたくなった。
母の前ではあんなに、それこそ女慣れしているような態度をしていたのに。
「俺は運が良い。気になっていたガキがこんなにも美人になっていて、俺の好みに近くなってやがる。
その上、誰の手も付いていないと来れば……後はもう、俺のものにするしか無いだろう、」
御島はそう云うと、ギラついた双眸を細め、冷たい笑みを浮かべた。
今にも獲物に喰らい付きそうな迫力に恐怖を感じて、僕は逃げようと直ぐに身体を動かした。
けれど両手は解放されているものの、顎はまだ固定されているから、顔が動かせない。
「おい鈴、じっとしていろ。まだ病み上がりなんだ、」
「い、いやだ…っ、離してくださいっ」
必死になって御島の肩を何度か叩き、押してみたりもするけれど、相手は微動だにせず
痛くも痒くも無いと云った様子で、それ所か必死な僕を見てニヤニヤと笑っている。
何度も無駄な抵抗を繰り返したけれど、体力の無い僕は直ぐに疲れ、無意識に相手の肩を再び掴んでしまう。
「気は済んだか。……鈴、腹は減って無いか」
まるで何事も無かったかのように、御島は話題を変えたものだから、呆気に取られてしまう。
キスをして、僕のあんな所にまで触れたのに、直ぐに話題を変えられるこの男の神経が、理解出来ない。
「べ、別に…減っていません。あ、あの…此処は何処ですか、」
まだショックから立ち直れずに声は震え、相手が直視出来無い。
御島は僕の言葉を耳にすると、ようやく顎を掴んでいた手を離してくれた。
「俺の家だ。…気に入らねぇか、」
気に入ら無いか、と訊かれれば、そうでも無い。
何処と無く野生的な御島からは想像も出来無い程、室内は清潔で綺麗だし、外からの物音も一切聞こえない。
静かで清潔な空間は、僕にとって好ましい環境だ。
「気に入らなくは…無いですけど、でも…どうして僕が、御島さんの家に…」
「生憎、俺はおまえの家を知らないからな、」
耳にした言葉がしっくりと来ず、僕は視線を逸らしたままで思考を巡らした。
母と親しそうに思えたのに、家を知らないと云う事は有り得るのだろうか。
それに、幼い頃に会ったのは家ではなく、外でと云う事だろうか。
けれど僕はこの男の事など知らないし、覚えてもいない。
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