黒鐡…20

 あっさりと別れて、そして……もう二度と会わないような、そんな関係で居たかったのに。

 だのに御島が何故僕の事を分かってしまうのかが、どうしても知りたかった。
 幼い頃から僕は、何を考えているのか分からない子だと散々云われ、感情だって有るのか無いのか分からない奴だと、良く云われた。
 表情が変わらなくて人形みたいで気味が悪い…と親戚や周りからも云われて、色んな人達に嫌われて来た人間だ。
 僕はどんなに辛くても顔には出さないし、淋しいと思っても決して口にはしなかった。
 それなのに、どうして御島は分かるんだろう。
 弱い部分を絶対に他人には見せまいとしていたのに、御島はあっさりと見破って来る。
 ……どうしてなんだろう。

「さあな。鈴が分かり易いんじゃねぇのか、」
 あまりにも淡白な答えに、僕は込み上げて来る嫌な感情を抑えようと、シャツの胸元を握り締めた。

 分かり易いだなんて……そんな筈は、無い。
 だって僕はいつだって、母に恥を掻かせまいと、努力して来た。
 それなのに御島は、僕が必死で隠していた弱い部分を、あっさりと見破るんだ。
 何故だかそれが酷く悲しくて遣る瀬無くて、まるで僕の何もかもを分かっているような、そんな態度を取る相手が
 何だか無性に、ひどく、腹立たしくて……。

「僕は、僕は…分かり易くなんか、だって僕はいつだって…っ」
 いつだって、感情を抑えて来たじゃないか。
 他人に甘えようとする自分を、叱咤して来たじゃないか。
 そこまで考えると、湧き上がった激情が嘘みたいに引いて、僕は自分の醜態に嫌悪感を抱いた。

 ――――違う。御島が腹立たしいんじゃなくて
 隠していた弱い部分を知られる事に、激しい焦燥感を抱いただけだ。
 それは、御島の所為でも何でも無いのに。
 僕は……僕は本当に、何をしているんだろう。
 まだ良く知らない人の前で、これからもう、会う事も無いであろう男の前で、見っとも無く癇癪を起こして本当に……馬鹿みたいだ。
 嫌悪感に苛まれている僕のせめてもの救いは、言葉を続かせずに黙り込んだ僕を、御島が責めたりしなかった事だ。
 もし御島が、おまえは醜悪だとか、蔑むような言葉を掛けて来たら、僕はどうなっていただろう。
「鈴、云いたい事は吐けばいい。その方が、ずっと楽になる」
 御島は穏やかな口調でそう囁くと、僕を抱き寄せ、あやすように背中を撫でてくれた。

 僕は…こんな優しさは、知らない。
 こんな言葉も、掛けてもらった事なんて無い。欲しい、と考えた事も無い。
 御島は、他人だ。
 関わり合いになりたくも無い、そしてもう会う事の無い他人で………
 それなのに、僕はもう少しだけ、この温かさも優しさも感じていたいと思ってしまった。


 結局、何を云いたかったのか分からなくなってしまった僕は、彼が口にした云いたい事というものを吐けないままでいた。
 けれど御島はそんな僕から無理に聞き出そうとも責める事もせず、あやすような優しいキスをくれるだけだった。
「おまえ、普段…何をして過ごしているんだ、」
 大分落ち付いたのを見計らって、彼は手を伸ばすと唐突に僕を抱き寄せてその膝の上に乗せ、話題を変えるようにそう尋ねて来た。
 他人の膝上になんか乗った事が無い僕は慌てて逃げようとするけれど、御島が片腕を僕の腰に絡ませている所為で、逃げようにも逃れられない。
「ほ、本を読んだり…してます、けど…」
「外には出ないのか。ガキの癖に、珍しいな……だからそんなに白いのか、」
 出掛けないのは人込みが先ず駄目だし、それに日差しにだってめっぽう弱いのも有る。
 けれどそれを御島に云おうとは思わなくて、僕は自分の弱い所をこれ以上悟られまいと、必死に虚勢を張って、強がっていた。
「そう云えば、昼は食ったのか」
 静かな口調で問われ、昼どころか朝食さえもとっていない僕は、ゆっくりとかぶりを振った。
 すると御島は眉を寄せて、朝食もかと尋ねて来るものだから、鋭い質問にいささか戸惑いながらも僕は素直に頷いた。
「そうか、なら今から飯でも食いに行くか。和食はどうだ、」
「け、結構です」
 御島の提案に驚いて慌てて断わるけれど、断った事で相手に不快な想いをさせなかったかと、僕は何故か気になってしまった。
 だが御島は気を悪くしては居ないようで、雰囲気も穏やかなままだったけれど、表情は少しばかり真剣さを漂わせている。
「鈴、おまえは痩せ過ぎだ。もっとちゃんと食わないと、直ぐにぶっ倒れるぞ」

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