黒鐡…23

 他人なんかどうでも良いと思って来た僕が、御島を相手にすると彼の心情を気にしてしまう。
 ……何だか、変な話だ。

「鈴、おまえは何時になったら甘えて来るんだか…、」
 御島はそう言って僕の首筋に顔を押し付け、まるで匂いを嗅ぐように、スンと鼻を鳴らした。
 驚きで一瞬身体が跳ねるけれど、僕は少し身を捩るだけで、暴れたりはしない。
 御島に触れられたり、近付かれたりする事には、もう大分慣れた。
 会う度、何度もキスをされたり、傍に寄られたりすれば、当たり前なのだろうけれど……
 他人を嫌っている僕にとって、慣れると云う事は信じられない事だった。
 慣れても相変わらず、身体は少しだけ震えてしまうけれど。
「……鈴、もう大分慣れたようだな」
 首筋に掛かる御島の吐息がくすぐったくて、僕は軽く身を捩った。
 大分慣れたとは、どう云う意味だろう。キスとか、抱き締めたりする事に慣れたと、御島は云いたいのだろうか。
 思案していると、御島は僕の首からゆっくりと顔を離した。
 間近に迫ったその顔には、苦笑が浮かんでいる。

「これでおまえが高校を卒業でもしてりゃ、最高なんだがな、」
 その言葉にハッとし、そう云えば御島は確か、僕をまだ高校生だと、勘違いしたままだった事を思い出す。
 これできちんと訂正して置けば、少しは子供扱いをしなくなるかも知れないし、
 何より、思い込ませたままだと何だか嘘を吐いているようで嫌になる。
「最近行って居ないようだが、学校は面白いか」
 勘違いを指摘しようとするが、それよりも早く御島の問いが掛かり、言葉に詰まる。
 一度深呼吸をしてから、御島の目をじっと見つめた。
 視線が絡み合う事に少し恥ずかしさを感じるけれど、何とか耐えながら口を開く。
「あ、あの…僕は、高校生じゃありません、」
 少し震えた口調で告げると、御島の片眉がピクリと上がった。
 一瞬、怒り出すのかと思ったけれど、御島は優しい手付きで僕の頭を撫で始めた。
「そうか。…で、いくつだ、」
「じゅ、十九です。学校も行ってないし、就職も…して、いません…」
 言い難そうに視線を逸らし、ぽつりと呟く僕を、御島はじっと見つめているようだった。
 痛い程の視線を感じて、責められているような気分になる。
 学校にも行かず、ましてや就職さえもしていないなんて、駄目な人間だと思われて当然なのかも知れない。
 御島にだけは、そう思われたり、軽蔑されたくは無かったのに……。

「十九か。……参った、」
 僕が何もしていない事には細かく触れず、片手で目元を覆いながら、御島はそう呟いた。
 少し深い溜め息まで零して、やはり僕に呆れたのだろうか。
「……随分待った。俺にしちゃ、かなり我慢した方だと思うんだがな、」
 続く御島の言葉の意味が良く分からず怪訝に彼を見上げると、相手は口元に冷たい笑みを浮かべて、目を細く眇めた。
 背筋がぞっとするようなあまりにも冷たい表情に身体は震え、恐怖で動けずにいると、御島はそんな僕をゆっくりと優しく畳の上へ押し倒す。
 上から僕を見下ろして、軽く舌なめずりする姿は………まるで今直ぐにでも獲物を食い千切ろうとしている、獰猛な肉食獣のようだ。
 御島のギラつく瞳から目が逸らせず、彼の纏っている黒々しい雰囲気と威圧感に、身体を震わせて怯えてしまう。
「鈴…そんなに怯えるんじゃねぇよ、」
 けれど御島の声はあまりにも優しく、単純な事に少しばかり安堵した僕に、彼はゆっくりと顔を近付けていつもするように、唇を重ねて来た。
 その行為に激しく抵抗はしないけれど、彼の舌が滑り込んで来ると、舌は逃げるように動いてしまう。
 だが逃げようと動いていた舌はあっさりと絡め取られ、じっくりと口腔を探られる。
「ん…、んぅ…っ」
 御島のキスは優しくて巧みで、いつだって僕は、すぐに何も考えられなくなってしまう。
 顎を固定され、咬み合わせを深くされて、堪らなく背筋がぞくぞくと震えた。
 身体の力が次第に抜け、御島の肩に縋るように手を置くと彼は一度笑って、片手で僕のシャツの釦を外し始めた。
 どうして釦を外されるのかと慌てた僕は、肌を滑るように胸元へと向かう御島の手を、必死で掴む。
 けれどその手は逆に包み込むように握られ、舌をきつく吸い上げられ、視界が霞んだ。

「んん…っ!」
 そして本当に急に御島の指が僕の乳頭を摘んで、指先で捏ね回された瞬間、ビリッと焼けるような疼痛が走った。
 まさかそんな所を触られて、そんな感覚が得られるなんて思わなかった僕は、身体を震わせながらも驚きを隠せずにいた。

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