黒鐡…29

「力を抜けと言っているだろう。込めてどうする、」
「ん…ッ」
 腰を押さえていた手が急に離れ、けれど僕が逃げようと思う間も無いまま、
 御島は僕自身をやんわりと握り込んで来た。
 そのままゆるゆると扱かれて、押し戻そうと悪戦苦闘していた手は、御島の肩をしがみ付くように掴んでしまう。
「ぅあ…ぁっ!」
 自身の先端を撫でられ、快感に浸り切っていたさなかに、唐突に指を突き入れられて悲鳴じみた声が上がった。
 あまりの痛みに僕は目を瞑って、耐えるように唇を噛む。
 侵入して来た指はそれから動かず、けれど痛みはまだ尾を引いて、浅い呼吸を繰り返していると静かな口調で名を呼ばれ、僕はうっすらと目を開けた。

「そんなに痛いか、」
 静かな問いに、僕は何度も頷く。
 すると御島はあっさりと指を抜き去って、その感覚にまた一度だけ目を瞑って、御島が離れる気配を感じた僕は直ぐに目蓋を開けた。
 畳の上へ放り去ったスーツの上着を彼は手にしていて、帰る支度をしているのかと考えたけれど、内側のポケットから御島は何かを取り出して見せた。
 それは小さなボトルのような物で、訳も分からずに何度か瞬きを繰り返している僕に、御島は再び近付くと
 僕の腰を少し抱え上げ、どうしてか枕を隙間に置いて来た。
「痛い割には泣かねぇし…鈴は我慢強い奴だな、」
 蓋を開けて、透明な液体を掌にたっぷりと零しながら、御島は優しい口調で褒めるように云う。
 その液体は何だろうかと訝っていると、御島は急に僕の片足の膝裏を掴んで、肩の方まで押し上げて来た。
 妙な体勢に眉を寄せるが御島は蕾に指を当てがって来て、彼の指に
 たっぷりと絡まっている液体が少しひんやりとしていて、その感触に身体が強張る。

「な、何…、」
「いいから力を抜け。息を吐いて、楽にしてろ」
 てっきりもう終わりだと思っていたのに行為を再開されて、少しばかり戸惑っていた僕に構わず、御島は再び僕自身を揉み込むように刺激して来た。
「ふ…っ、ぁ…あ…っ」
 緩やかに扱かれ、指の腹で先端を撫でられて、声が上がる。
 僕の身体から力が抜けたのを見計らったように、御島は再び指を突き入れて来た。
 てっきり、先程のような苦痛を得るのかと思いきや、御島の指はすんなりと、呆気なく思えるほどに埋没した。
 先程の苦痛が嘘のようで、滑った感触を疑問に思い、一体何をしたのかと考えながら相手へ問うような眼差しを向ける。
「何でこんなに呆気ないのか、不思議で仕方ねぇって面してるな……これはただの潤滑液だ。
生憎俺は、おまえを痛がらせて喜ぶ趣味は無いからな、」

「あっ…ん…ん…っ」
 内部で指を蠢かされ、ゆっくりと掻き回されて、少しずつ解れてゆくのが理解出来る。
 けれど異物感にはまだ慣れる事が出来なくて、御島が僕自身を扱き続けてくれなければ、不快なだけだったかも知れない。
「ぅん…んっ…はぁ、あ…、」
 圧迫感が急に強まって、御島が更に指を増やした事に気付くけれど僕は逃げることもせず、手の甲を唇に押し当てて目を瞑ることしかしなかった。
 だけど………。

「あぁっ…!」
 更に深く二本の指を突き立てられ、その指がある箇所に触れた途端、僕は悲鳴のような声を上げて目を見開き、身体を強張らせた。
「此処か、鈴の好いところは…」
「ひっ…!」
 今の感覚は何だろうと戸惑う僕に、御島は可笑しそうに笑い声を立てた。
 そしてもう一度、けれど今度は的確に狙ってそこを突かれ、一瞬だけ目がくらむ。
「や、や…っ、そこ、嫌…ぁ、ああ…ッ」
 上がる声は自分で止められず、御島は僕自身の敏感な先端まで強く擦り上げて来て、容赦なく僕を責め立てた。
「そんなに気持ちいいか。初めでこんな風になるとは……先が楽しみだな、」
 既に僕は御島が言っている言葉を上手く呑み込めなくて、強い刺激にただ視界がぼやける。
 御島は少し身体をずらして僕自身から一度手を離し、指の抽挿を繰り返しながら、僕自身を深く咥え込んで来た。
「やあぁ…ッ、み…しまさ、やだ…ぁ、あ…やめて…っ」
 強烈な快感に涙が零れるのを抑えられず、眉根を寄せて弱々しく首を振りながら訴えた。
 すると御島は直ぐに口を離して、代わりに手でゆっくりと上下に擦り上げて来る。
「鈴、俺の名は黒鐡(くろがね)だ。ちゃんと名を呼べたら、止めてやる」
 耳の奥にしっかりと響くような、低く通る声で言葉を掛けられ、僕は息を乱しながらも縋るような想いで言葉を放つ。
「んぁ、ん…お願い…く、ろがね、さ…っ」

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