黒鐡…30

「……いい子だ。ご褒美に、もっと可愛がってやるからな、」
「なっ、や…あ…ッ!」
 話が違う、と言い掛けたけれど、再度性器を口に含まれて
 熱い舌先を這わせられてしまい、強い刺激に涙は止まらず、僕は身体を仰け反らせる。
 御島は僕自身をきつく吸い上げ、あのギラついている鋭い双眸で、上目遣いに此方を見て来て――――。
「や…、ぁ、ぁあ―…ッ…」
 内部を強く擦られ、濃過ぎる快楽に僕は呆気なく絶頂に達し、御島の口内に欲を放ってビクビクと痙攣を繰り返す。
 喉を鳴らして僕の出したものを飲み干した御島は、いつものように先端を舐めて
 きつく吸い上げ、尿道に残った残滴さえも残すまいとする。
 吐精後の敏感な身体にはその刺激はとても強烈で、意識が一瞬飛びそうになり、
 僕はいつも唇を噛んで目をきつく瞑って、その瞬間を耐える。

「泣くほど気持ち好かったか、」
 シーツで濡れた手を拭いた御島は、まだ少し陶酔している僕に向けて言葉を掛けて来た。
 彼の大きな手が伸びて来て、僕が零した涙を指で優しく拭ってくれる。
 御島はひどく満足そうにニヤニヤと笑っていて、その笑みを見てようやく僕ははっとし、陶酔感が消えると同時に強い羞恥心に襲われた。
 信じられない。
 あんな所に指を挿れられて、その上あんなはしたない声を上げてしまって。
 あんなのは僕では無いと考えて唇を噛むと、御島の手が顎の方に下りて頤を押された。
 そうされると唇を噛む事も出来ず、僕は不満に思いながら御島を見据えた。

「……泣いてません、」
 あまりにも無理が有るが、気持ち好さで泣いてしまったことを認めたくなくて、少し唇を尖らせながら言葉を放つ。
 だけど御島は相変わらずニヤニヤとした笑みを崩そうとしないから、それが何だか余計に恥ずかしい。
「そうか、泣いてねぇか。…全く、可愛いやつだな、おまえは」
 ……僕は男だ。可愛いなんて言われても喜ばないし、褒められた気だってしない。
 でも、御島にそう言われるのはどうしてか嫌じゃなくて、
 嫌だと思わない自分自身がとてつもなく恥ずかしい存在に思えて、何だか居た堪れなくなる。
「あの……くろがねって、どう書くんですか、」
 話題を変えようとして不意に思い付いた言葉はそれで、今まで御島の事を本人に向けて
 尋ねようとしなかった僕は、ちゃんと教えて貰えるのかと少し不安な気持ちを抱く。
 御島は何も答えずにスッと立ち上がって本棚の方へ向かい、辞典を取り出してからまた僕の近くへと戻って来た。

「くろ、は色の黒だ。下は……こう書く」
 穏やかな声で答えると、御島は辞典を開いて差し出し、難しそうな字を指差した。
 あまり見ない字だと考えて、鉄の旧字体と書かれてあったから僕は辞典から顔を上げた。
「い、意味は……名前の、意味はあるんですか、」
 御島と視線が合わさって、僕はそれだけで鼓動が速まって、少し上擦った声で尋ねた。
 僕を好きだと御島が言ってから、彼と目が合うのが恥ずかしい。
 何だか落ち着かず、好きだと口にしたのは御島の筈なのにどうして僕の方が、こんなにも意識してしまうんだろう。
 戸惑う僕に向けて、御島は「ああ、」とだけ短く答えて、それっきり何も云わずに黙ったままだから
 教えてはくれないのだろうかと、僕はまた少し不安になった。
 言い難いのかと考える僕の前で御島は辞典を閉じ、それを丁寧に畳の上へと置く。

「鐡だけで、クロガネと読めるが……俺の親父はどうしても黒を強調したかったみたいでな。
染まらず、誰にも塗り替えられない程の黒い闇と、強固で、何も感じない冷たい鉄のような心を持てと良く口にしていた。
名の通り、俺はそんな人間になった訳だ、」

 まるで他人事のように淡々と語る御島の言葉に、僕はどうしてか否定したくて
 けれどどうして否定したいのか分からなくて、結局黙り込んでしまう。
 気まずい沈黙が走って徐々に俯きかけると、御島は僕の名を唐突に呼んで、そしていきなり僕の頭を大きな手でくしゃりと撫でて来た。

「汗掻いて、身体中ベトベトだろう。風呂に入った方がいい、」
 さっき口にした名前の意味なんて、まるで最初から無かったとでも云うように話題を変えられ、僕は重々しく頷く。

 否定したとして、僕は御島に何を言いたかったんだろう。
 どうして、否定したくて仕方が無かったんだろう。
 そう考えるけれど頭が何でか重くて、何時まで経っても動こうとしない僕に
 御島は一瞬だけ眉を寄せてから、僕の額にあの冷たい手をそっと当ててくれた。
「おい…鈴、また熱が出てるじゃねぇか。大丈夫か、」

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