黒鐡…44

「なあ鈴、俺がおまえの容姿を好いているんだと勘違いして、どうしてそんなにその事を気にしていたのか、自分で分かっているのか」
 だけど御島の問いを耳にして、僕は少しだけ目を見開いた。

 そうだ、それも疑問だった。
 御島が僕の顔を好きなだけだと思って、その事がひどく辛かった。
 でもそれはどうしてなのか、何で心が苦しかったのか考えても答えは一向に出なくて、どんなに考えても分からなくて………
 考える度に胸が苦しくなるから、いっそ考える事自体やめてしまおうと、僕は考えることを放棄したんだ。

「分からない、です……御島さんは、分かるんですか」
 御島なら、何でも知っていそうなこの男なら、答えを知っているのだろうか。
 思わず相手をじっと見つめると、御島は何故か眉を顰めて、苛立ったように舌打ちを零した。
「俺が教えたら、意味がねぇんだよ。そう云うのはおまえが自分で気付く事に、意義が有るんだ。……くそっ、この俺が心底惚れてるおまえを、喰わずに待ってやってるんだぞ。いい加減、早く気付け」
 良く分からない事を言われて、何が何だか分からなくて、だけど御島の双眸がひどく真剣な色を浮かべていたから………
 気付く、と云うことは、とても大切な事なのだろうと思えた。
 きちんと考えてみようと決めて僕が頷くと、御島はいい子だと優しい声で呟いてくれて、僕の首筋へ顔を埋めて来た。

「俺はおまえが気付くまで幾らでも待つし、耐えるが……俺から離れたら、容赦はしねぇぞ」
 首筋を軽く舐めた御島がそう囁いて、彼が囁く度に肌に息が掛かって、僕は少しだけ身体を震わせた。
 御島の言葉は、最後の方は脅すような低く鋭いものに変わって、雰囲気も少し黒々しくなったのに、僕は怯える事は無かった。

 御島が僕を必要としてくれているのだと、こんな僕を本気で好いてくれているのだと
 その事に僕はひどくどきどきしていて、胸が熱くて、御島を恐いとは思えなかった。

「好きだ、鈴。好きで好きで堪らない。なあ、この俺が耐えるなんて有り得ねぇ話なんだぜ」
「ん…っ」
 言葉の後に少し痛みを感じるぐらいにそこをきつく吸われて、軽く咬まれて、体温が上がる。
 有り得ない話、と御島は云ったけれど、僕は御島の事を深く知っている訳でも無いし、だからそれが本当に有り得ない事なのか分からない。
 僕は御島に関して知らない事が多すぎるから、もっと、御島の事を知りたいと………
 強くそう思って、だけど本人に尋ねる事はとても恥ずかしい事のように思えた。

「み、御島さん……僕は、これからどうなるんですか、」
 御島に買われて、僕は一体何をすればいいのかと思って問うと、彼はもう一度だけ首筋を舐めてから顔を離した。
「おまえを此処に閉じ込めるつもりは無い。行きたい場所が有るなら、幾らでも連れてってやるし、欲しい物は何でも買ってやる。やりたい事が有るなら何でもやらせてやるしな」
 目を細めて笑う御島がひどく優しく思えて、僕は心が無性に温かくなるのを感じる。
 やりたい事、と聞いて僕は、ずっと今までやってみたかった事を頭に思い浮かべた。
「何でも……なら、バイトとか、就職もして良いんですか、」
 僕はこんな身体だし、出来る訳が無いと思っているけれど………僕だって男だしもう十九歳なのだから、やはり、自分で稼いでみたいとは思う。
「おまえがやりたいなら、やればいい。だが、他の男に色目は使うなよ。女も駄目だが、」
「い、色目…、」
 そんなものどうやって使うんだと考えて、御島の言葉がとても可笑しくて、僕は彼の前で初めて、少しだけ頬を緩めた。
 すると御島はどうしてか少し瞠目して、それから直ぐに大きな舌打ちを零した。

「鈴、耐えてる俺にそれは反則だろう。生殺しだ、」
 御島は僕には意味の分からない事を口にして、何度か舌打ちを零してから顔を近付けて唇を重ねて来た。
「可愛いな、鈴。泣き顔もそそるが、笑った顔の方がすごく可愛くてたまらねぇ」
 口を離して、唇の傍で囁いて、御島は直ぐにもう一度キスをする。
 今度は深く唇を合わせて、僕の舌を絡め取って、きつく吸い上げて来た。
「ん…はっ、ぅ…ん」
 上顎をじっくりと舐りながら、御島は僕の上衣に手を掛けて、手早く釦を外してゆく。
 服を脱がされることに顔が熱くなって、背筋がぞくぞくとして、僕は堪らずに目を瞑った。
「鈴……俺がおまえを幸せにしてやるからな。俺には幾らでも甘えて、頼れよ」
 御島の甘い囁きが耳の奥まで響いて、甘えるのは嫌だと伝えるように
 僕が微かにかぶりを振ると、彼はまた舌打ちを零して……
 だけど雰囲気はとても優しく感じられたから、僕は可笑しくてもう一度笑って、彼がくれる心地好い熱に浸り続けた。

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