黒鐡…47
「それはあの……み、御島さんと同じって、事ですか、」
「俺は女は嫌いだが、必要とあれば抱く。だがあいつは死ぬまで童貞だ、」
「……えっ、」
童貞、と云う言葉よりも、御島の……女性を抱くと云う言葉に、僕は瞠目した。
抱くと云う言葉が分からない程、僕は子供じゃない。
「あ、あの…抱くって、最近も…?」
震えた声で問うと御島は本当に素っ気無く、ああ、と答えた。
肯定され、思わず御島から顔を反らして俯いて、強い焦燥感に駆られた僕は息苦しさに眉を寄せた。
男同士では男女のように繋がる事なんて出来無いだろうし、御島は僕に快感をくれてばかりで
いつも勃起はしているけれど、僕にそこを刺激しろとは要求しないし……
御島だって、気持ち好くなりたいのだろうし………だから、だから女性を抱くのは当然だ。
自分に言い聞かせるように考えて、だけど胸がひどく苦しくて、僕はシャツを握り締めた。
息苦しくて、御島はどんな女性を抱いているのだろうと考えると、どうしてか胸がむかむかする。
――――――御島は、僕を好きだと云ってくれたのに。
「嘘、だったんですか、」
「……何の事だ、」
少し震えた声で呟くと、御島は怪訝そうに尋ねて来る。
だけど僕は顔を上げられず、悔しくて悔しくて、下唇を噛み締めた。
「黙ってちゃ分からないだろう。どうしたんだ、」
何も答えない僕に心配そうな声が掛けられて、その声音があまりにも優しいものだったから、僕は込み上げて来る強い感情を抑えられなかった。
何かがぽたぽたと零れ落ちて、ズボンの腿の辺りに丸く小さな染みが出来て、そこでようやくぼやけた視界に気付いて、僕ははっとした。
「鈴?お、おい…どうした、」
急に泣きだした僕に向けて、御島が焦ったような声を上げたけれど、僕は何も返さずに腕で涙を拭う。
すると、伸びて来た御島の手が僕の顎を捕らえて、強引に御島の方へと顔を向けさせられた。
運転中じゃないのかと考えるが、いつの間にか車は停まっていて、御島は眉を顰めて僕を見据えていた。
黒い双眸は心配そうに僕を映し、御島は反対の手で僕の目元をゆっくりとなぞって来る。
御島の手付きがあまりにも優しくて、僕は零れる涙を抑えられずに、しゃくり上げた。
「僕を、好きだと言ってくれたのは、嘘だったん、ですか…、」
「おい…どうしてそうなる、」
顔を近付けた御島が苛立ったように舌打ちして、だけど頬にあやすようなキスを何度もしてくれた。
零れる雫を舐め取って、宥めるように頭も撫でてくれて…………。
「い、嫌……嫌です…、」
身を捩って御島から逃れて、僕は震えた声で言う。
でも、御島の事が嫌なのでは無い。
僕が嫌なのは―――――。
「御島さんが、他の人を抱くなんて………嫌だ、」
搾り出すような弱々しい声を零して、僕は目を瞑った。
瞼を閉じるとまた更に涙は零れて頬を伝って、だけど御島はそれを舐め取る事はしなかった。
これは、これはただの我儘だ。
我儘なんて言えば、御島を困らせるだけなのに。迷惑を掛けてしまうのに。
僕は迷惑を掛けて御島に嫌われたくは無いし、困らせたくもない。
それなのに、僕は溢れて来る感情を、掻き消す事が出来なかった。
「御島さんは…僕を好きだと、それなのに……嫌です、他の人に…優しくするなんて…」
御島のあの優しさは、僕だけのものだった筈なのにと考えて、そこでようやく僕は、はっとして瞼を開けた。
僕は………何を言って、何を考えているんだろう。
人の優しさを独占するだなんて、まるで子供のする事じゃないか。
「な、何でも有りません、すみません……忘れてください、」
自分の醜い独占欲にひどく嫌気がさして、御島の反応が恐くて、僕は相手を見れずに言葉を紡いだ。
取り返しのつかない事を言ってしまったと考えて、こんな浅ましい僕など御島に嫌われてしまったのでは無いかと考えて、下唇を噛む。
すると御島の手が僕のシートベルトを外したものだから、もしかして車から追い出されてしまうのかも知れないと
そう考えた瞬間――――僕は強い力に引かれて、気付くと御島に抱き締められていた。
「仕方ねぇだろう…性欲を処理しておかないと、俺だって余裕が無くなる」
彼の胸元に顔を押し付けさせられて、車中での少し無理な体勢が苦しかったけれど
それ以上に御島の言葉が突き刺さって、胸が苦しい。
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