黒鐡…48
「だがな、鈴。俺はおまえ以外に、優しくなんてしてやれねぇぞ」
苛立ったように舌打ちを零し、そこは勘違いするなよと告げて、御島はあやすように僕の背を優しい手付きで緩やかに撫でてくれた。
その言動に少しばかり心が落ち着いて涙は止まるけれど、御島が他の人を抱くことはやっぱり嫌だ。
「…み、御島さんが…性欲処理の為に女性を抱くんなら、僕、御島さんと同じことを…や、やりますよ」
僕が御島のを手で刺激すれば……口では流石に出来無いけれど、そうやって性欲を処理すれば
もう女性を抱くことは無くなるかも知れないと、僕はそう考えて顔を上げた。
御島が僕の知らない誰かに触れて、僕の知らない所で性欲を処理してるだなんて……それだけはどうしても嫌で嫌で、仕方が無かった。
「何だと?」
眉間を寄せてひどく不機嫌な顔になって、御島は恐いぐらいに低く鋭い声を出した。
威圧的な迫力に怯んで、肩が一瞬跳ねてしまったけれど、僕は負けまいと御島を見据える。
「だって、御島さんのを僕が手で刺激すれば、性欲を処理すれば……もう女性を抱くことは、無いじゃないですか」
真剣な口調で言葉を放って、だけど僕はどうしてそうまでして、御島に他の人を抱かせたくないのかと、考えていた。
僕は御島を独り占めしたいと、心の奥底で、思っている。
だけど、それは、どうしてなんだろう。
「ああ、そう云う事か……てっきり、おまえが女を抱くのかと思ったぜ」
「な…っ、」
表情を和らげた御島の言葉に、僕は少しばかり目を見開いた。
そんな事、出来る訳が無いじゃないかと考えて、僕は顔が熱くなってゆくのを感じる。
それに僕は御島以外の人と……それが女性だろうと、キスをしたいとは到底思えないし
誰かの身体に触れたり触れられたりするだなんて、考えただけで嫌悪感が湧く。
「鈴、悪いがそれだけじゃ処理にはならねぇよ。おまえには分からないだろうが、人を抱くのは堪らなく気持ちが好いからな」
御島はひどく素っ気無い口調でそう云って、云った後に鼻で軽く笑ったものだから、僕は悔しさに目を伏せた。
「それにな、鈴。俺はおまえの事が好きで好きで仕方が無いが……おまえは違うだろう。今のままだと、ただの一方的な俺の片想いだ。俺たちは恋人同士でも無い」
尤もな言葉に、僕は否定なんて出来なかった。その通りだと、認めざる負えない。
だから御島が他の人を抱いても、それは浮気でも何でも無いし、僕は恋人でも何でも無いのだから、文句を言える資格も無い。
それなら、僕が嘘でも御島を愛しているとでも言えば、もう誰かを抱く事は無くなるのだろうか……
そう思ったけれど、僕は直ぐにその考えを掻き消した。
僕を本気で好いてくれている御島を、軽々しい言葉で騙すなんて、出来る訳が無い。
「だったら、だったらもう……僕に、何もしないでください。他の人を抱く手で、僕に……」
―――――――もう、触らないで。
そう言おうとしたのに、唐突に御島に唇を塞がれて、僕は言葉を失った。
深く重なった唇に身体が少し震えて、強引に侵入して来た御島の舌に、思考も一緒に絡め取られて背筋に寒気が走る。
「ん…っ、…ぅ…ん」
口腔を舐られて探られ、きつく吸われて息が弾んだ。
身体の芯から熱くなるようなキスに、言おうとした言葉も忘れて浸った。
「…そこまで自分で口にしておいて、何で分からねぇんだよ。くそっ…、本当に生殺しの気分だ」
舌を抜かれて唇を離され、そんな言葉を掛けられても僕はまだ少し陶酔したままで、呼吸を少し乱していた。
御島が濡れた唇をうっすらと舌で舐めて、その様子がひどく官能的で、背筋がぞくりとする。
「おまえに何も出来なくなるぐらいなら、他とはセックスしない。禁欲した方がマシだ。……だがな、どうなっても知らねぇぞ。我慢し切れなくなったら、容赦無くおまえを抱くからな」
女性を抱く事と同じ意味の抱く、と云う言葉だろうかと訝って、だけど男同士で男女のように抱き合える訳が無いじゃないかと、僕は眉を寄せた。
御島は時々理解出来ない言葉を放つし、それをちゃんと説明する事もしてくれない。
意味を尋ねようとしない僕が、悪いのかも知れないけれど。
「……全く、惚れた方が負けとは、この事だな。」
大袈裟とも思えるぐらいに深い溜め息を零して、御島は苦笑した。
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