黒鐡…51
冷たい印象すら覚えて目を逸らすと、御島の真向かいの男が何かを思い出したように、ああ、と声を上げた。
そちらへ視線を向ければ、その人は相変わらず、口元に笑みを浮かべていた。
それは不快感なんて全く感じさせないような、爽やかとも呼べるものだったけれど、僕は口元から上を見る事はやはり出来なかった。
御島が相手なら顔も、眼だって見れるけれど………
他人だと、やっぱり顔すらまともに見る事は出来無くて、人間嫌いな所は相変わらずなままだ。
「自己紹介がまだだった。俺が黒鐡の従兄弟の、六堂嶋逸深だ。宜しく、」
テーブルの上に肘をついて頬杖をつき、その人は名乗ってから反対の手を僕に差し出して来た。
握手をしたいのだろうけれど、生憎僕は人に触れるのが大嫌いだ。
だから僕はその手に触れる事もせずに、浅く頭を下げた。
「相馬鈴です、初めまして。貴方が僕に会いたがっていると、お聞きしました」
きちんと正座をして、背筋を伸ばしたままで言葉を返すと、相手は差し出していた手を引いて悩むように唸った。
「君はあれだね…何だか扱い難い子だね。俺は社交的な子が好きだから、君みたいな子は苦手だ」
「云っただろう、逸深(。鈴は他人には懐かねぇと」
懐かないなんて軽いものじゃない。素っ気無くて無愛想で、他人が大嫌いなのだ。
そこまで考えて僕は不意に、六堂嶋と云う名を、以前も何処かで聞いた事が有るなと思った。
けれど何処で耳にしたのかは曖昧で、直ぐに思い出せずに居ると
廊下側から声を掛けた仲居が入って来て、運んで来た料理を丁寧にテーブルの上へ置いてゆく。
それを終えると仲居は直ぐに退室し、僕は運ばれたお茶を口にして、その温かさに軽く息を吐いた。
「此処のね、豆腐料理が美味いんだよ。地鶏料理も中々いけるし…相馬君、地鶏は駄目かい?」
御島にでは無く、僕に向けてあの人は親しげに話し掛けて来て、その上質問までして来た。
地鶏と聞いて、母も此処の地鶏料理が気に入っていた事を思い出して、僕はまた母の事を考えて息苦しさに眉を寄せる。
「いえ、嫌いでは有りません」
必要以上の事は話さずに短く答えるけれど、相手は別段気を悪くした様子も無く、口元に笑みを浮かべたまま軽く頷いた。
「…しかし、見れば見るほど美人だ。黒鐡が気に入るのも無理は無いな、」
美人、と云われても褒められている気がしなくて、僕は不快感を得たけれど、決して表情には出さない。
単調に、有り難う御座いますと言葉を返すと、隣の御島が逸深を馬鹿にするように鼻で笑った。
「顔も良いが…鈴の中身の方が可愛いぜ」
臆面無く、いきなりそんな言葉を言われて、不意打ちを喰らったように顔が熱くなる。
絶対に顔は紅くなっているだろうと考えて、居た堪れなくなった僕は、少しだけ俯いた。
「な、何を云っているんですか、御島さん」
「何だ鈴、照れてるのか」
「て…照れてなんか…っ」
揶揄されて咄嗟に顔を上げると、ニヤニヤと笑っている御島が目に映って、ひどく恥ずかしく感じる。
それでも必死で否定すると、御島は落ち着けと穏やかな口調で告げて、従兄弟が居る事なんて構わないように僕の頭を撫でて来た。
人が居るんだから止めてくださいと口にして、僕は熱が上がるのを悟られまいと
その手から逃れるように、直ぐに身体を少し引いた。
「相馬君は、黒鐡と付き合っているのか?」
御島の手から逃れた矢先に唐突に尋ねられて、僕は何度か瞬きを繰り返す。
僕に向けて伸ばしていた手を御島は引き、逸深の方へ顔を向けるが、その顔には僕に向けていた笑みは既に消えていた。
「今は俺の一方通行だ。俺と鈴は恋人同士でも何でもねぇよ、」
素っ気無い御島の言葉に少し淋しくなって、この微妙な関係が嫌だったら早く御島に想いを告げれば良いだけなんだと、僕は自分に言い聞かせる。
けれど、僕が御島を好きだと告げて、両想いと云うものになったとしても……恋人同士、と云うものになるのだろうか。
それとも御島か僕が、付き合って欲しいとか口にするのだろうか。
それはそれで、何だか変な事に思える気がして、僕は眉を寄せた。
「何かなぁ…お似合いなのに付き合ってないなんて、まどろこしくて嫌な気分になるな。」
お似合い、と云う言葉に僕はひどく驚いて、箸を動かし始めた相手の動きを怪訝そうに眺めた。
僕と御島が似合っているだなんて、この人は一体、何を言っているんだろう。
御島は大人で、その上とても魅力的で格好がいいけれど、僕は成人もしていないから子供だし
大人の魅力なんて何一つないのだから、似合っている筈が無い。
それに、お似合いと云う言葉は男にじゃなく、もっと大人な美しい女性に向けて云う言葉では無いのかと考えてから、御島に似合う女性を頭に浮かべて気分が少しばかり沈んだ。
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