黒鐡…62
「なあ、鈴……昨夜はいつもより感じていただろう、…可愛くて堪らなかったぜ、」
相手の満足そうな低い声音と、見抜かれていた事に羞恥を激しく煽られる。
かぁっと熱が急激に上がって顔もひどく熱くなり、赤面しているんだろうって事が自分でも分かって、それが更に恥ずかしい。
「今直ぐにでも、おまえを抱きたくて堪らねぇ、」
「ぁ、…っ…、」
耳朶を緩やかに舌でなぞられて緩く噛まれ、背筋がぞくぞくする。
理性を掻き消してしまいそうな程の欲が、強まりそうなのを何とか抑えて、僕はきつく目を瞑った。
「お、男同士じゃ、抱き合える訳が…」
震えた声で反論してから、僕は男だから女性のように御島と繋がる事も出来無いし
御島を満足させる事も出来無いのだと考えて、少しだけ息苦しさを覚えた。
「本当に分かってねぇな、鈴は。今まで散々俺の指を咥え込んでいた所に、俺のを突っ込んで繋がるんだぜ。男同士は、な」
可笑しそうに御島は喉奥で笑ったけれど、衝撃的な事実に、僕は笑える事なんて出来なかった。
御島が以前、突っ込んでとか抱くとか言っていたのは、そう云う意味だったのかと
ようやく理解出来て、出来たと同時に僕は恐怖で身体を震わせた。
以前、内部に振動する塊を挿れられた事もあって、僕は御島の指以外は恐くて仕方が無い。
だから、例え僕の好きな人の――――御島自身だとしても、挿入されるのは恐怖を感じてしまう。
「い、嫌だ、そんな…恐い事…」
「案外、嵌るかも知れねぇぞ。何なら、今から試してみるか、」
信じられない言葉を返した御島は、更に信じられない事に僕の上衣を少し捲り上げて、隙間から手を忍ばして来た。
その事に、ひっと悲鳴を零してから、僕は逃げるように暴れもがく。
僕がどんなに暴れようと、全く構わないと云ったように御島はニヤニヤと笑っていて、遠慮無くあの冷たい手で肌を撫で上げて来る。
「やっ、み…御島さんっ、やめ…止めてくださいッ」
相手の胸元を必死で押し戻そうとするけれど、僕の力で、御島をどうこう出来る訳が無い。
暴れた所為で膝の上にあった本が落ちたが、御島はそれを目で追う事もせずに、僕だけをあの力強い双眸で見据えていた。
縛り付けて離さないかのような鋭い眼差しに、僕が微かに震えた瞬間
病室の扉が開かれる音が聞こえて、御島の名を呼ぶ声が………逸深の声が耳に入った。
「黒鐡(…お前、そう云う事は病院でするなよ」
室内に入って来た逸深は、僕と御島を交互に見た後、御島へと呆れた声を掛ける。
「取り込み中だ。出て行け、」
すると御島は舌打ちを零して、この上無く冷たい、不機嫌な声音を放った。
雰囲気も威圧的なものに変わって、僕が更に身体を震わせると御島は気付いたように、僕の肩から手を離して宥めるように頭を撫でてくれた。
「いや、俺が出て行くんなら、相馬君も一緒じゃないと困るんだよな。…厄介な事に、当主様が来たぞ」
「…何だと?」
御島は眉を寄せて言葉を発し、直ぐに僕から離れてくれた。
多少乱れた僕の服を御島は何も云わずに素早く直して、僕を一瞥してからベッドの方へと戻ってゆく。
「鈴、直ぐに逸深と出て行け。」
突き放すような言葉にひどく驚いて、半ば呆然としている僕に逸深が近付いて来て、彼は唐突に腕を掴んで来た。
他人に触れられる事に僕は眉を寄せたけれど、逸深は構わないように僕をソファーから立ち上がらせた。
床に落ちていた本に気付いた逸深は、僕の腕から手を離して、上体を少し屈めて本を拾う。
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