黒鐡…65
それに、僕の好きな人を――――御島を、物扱いされた事は、思い出すととても厭な気分になる。
「幸い、俺は本家から距離を置いている人間だから干渉はあまりされないけれど、黒鐡は……当主様の兄だからな」
「兄…?」
「まあ、兄と云っても、母親が違うから似ていない。それに黒鐡は妾の子だから、先に産まれたとしても六堂嶋の当主にはなれなかったんだ」
あの御島と僕の間に、共通点なんて一つも無いと思っていたから………妾の子、と聞いて僕はひどく驚いた。
驚きで何も言葉を返せずにいると、この事は内緒だよ、と逸深は軽く告げた。
それから言い難そうに少しだけ唸って、逸深はうっすらと口を開く。
「当主様は黒鐡にとても執着しているから、黒鐡と関係を持った相手を、今まで色んな手を使って消して行った。……殺され掛けた人も、居たよ」
深い溜め息と共に紡がれた言葉に、僕は少しだけ目を見開いた。
関係を持っただけで、殺され掛けた人が居るなんて……そんな事、有り得るのだろうか。
何だか遠い世界の事のようであまり実感が湧かず、執着と云う言葉が頭の中で響いて
御島にキスをして欲しい、とせがんだあの人の姿が浮かんで消えた。
「あの人も……その、逸深さんと同じで…ゲイ、なんですか、」
「恥ずかしい話、六堂嶋の人間は不毛な奴らが結構居てね。血筋、なのかな。当主様は黒鐡に影響されてそっちの道に走った人だから、俺みたいな生粋のゲイって訳じゃないよ」
厭な予感が過ぎって、それ以上訊くのを躊躇った僕に、逸深は苦笑して見せた。
「黒鐡と当主様の事は過去の事だから、気にしない方がいい」
「……御島さんは、あの人を抱いた事が有るんですか」
折角逸深が気を利かせて、その話題を終えようとしていたのに、僕は少し自棄になって尋ねてしまった。
逸深は言い難そうに何度か口を開いては閉じてを繰り返して、やがて浅く頷いた。
「当主様は、六堂嶋の不毛な奴らには大抵、抱かれているからな。」
「逸深さんも、抱いたんですか、」
思わず尋ねると、逸深は苦々しそうに笑って、過去の事だよと素っ気無く返した。
好きな相手以外に抱かれる、と云う行為は、僕には未知の領域だ。
例え相手が大好きな御島だとしても、僕は抱かれると考えると恐くて堪らないのに………あの人は、恐くないんだろうか。
ふとそう考えるけれど、他人の事を上手く理解出来ない僕が、どうこう考えたって
僕とは全く違う人間の……他人の気持ちなんて、分かる筈も無いのだと思いなおして、直ぐに考える事を放棄した。
「拙い…もうこんな時間か。ごめんな、相馬君。会議が始まるから、そろそろ行かないと…」
腕時計に目を通した逸深は慌てたようにソファーから腰を上げて、僕に向けて謝罪をもう一度口にした。
構わないと云ったようにかぶりを振ると、逸深は唐突に手を伸ばして僕の頭をほんの少しだけ撫でてから、直ぐに手を離す。
「思った通り、触り心地が良いな。黒鐡を助けてくれって泣きながら叫んでた君、不謹慎だが、今思うとすごく可愛かったよ。…っと、この事は黒鐡には内緒にしててくれ。殺される、」
咄嗟に目にした逸深の顔から―――愉しそうに目を細めて冗談っぽく笑うその顔から、僕は目を離せなかった。
唐突な事態にただ呆然として、急ぎ足で去ってゆく逸深の姿が見えなくなって、ようやく僕ははっとした。
ほんの一瞬のように思えたけれど……僕は、御島以外の人に頭を撫でられた。
あまりにも短い時間だったから、心地が好いとか、人に触れられる事に対しての
嫌悪感とかは抱かなかったけれど、もう少し長い間撫でられていたら、僕はどうなっていたんだろう。
僕はもしかして………人に優しくされる事に、弱いのだろうか。
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