黒鐡…79
もしかすると、これから毎日何度も抱かれるのかと思うと、少し気が重くなる。
行為自体はひどく気持ち好かったが、何分とても疲れるし腰も痛いし、これでは身体が持たない。
「大丈夫か、鈴」
目を覚ましたものの身体が怠い所為で動けず、ベッドの上で横になったままの僕の頭を、御島はゆっくりと優しく撫でてくれる。
大丈夫な訳が無いじゃないかと、責めるように相手を見ると、御島は満足そうに口元を緩めた。
嬉しそうな御島を見ていると、下肢の鈍痛も倦怠感も、薄れるような気がする。
「明日も動けないようだったら、予定は全て取り消して、ずっとおまえの傍に居て看病してやるよ」
御島の優しい声色に心がひどく熱くなるのを感じて、彼の言葉が嬉しくて嬉しくて仕方がない。
どうしてか無性に甘えたくなって、ゆっくりと上体を起こすと
御島は直ぐに僕を抱き寄せ、丁寧に膝の上に乗せてくれる。
彼の膝上に乗せられると、甘えても良いのかと強い気持ちが込み上げて来て、僕は躊躇いながらも
御島の胸元に顔を付けて、少しだけ甘えるように、その胸へ頬をすり寄せた。
すると御島はどうしてか苛立ったように、大きな舌打ちを一つ零した。
「おまえがそう云う事をすると、本当に堪らねぇな……壊れるまで、抱いちまいそうだ」
壊れるまで、と聞くと僕は慌てて、相手の胸元から顔を離したけれど
御島の片手はしっかりと僕の腰を抱いているから、逃れる事は出来なかった。
「今日はヤらねぇから、安心しろ。だが、これから先は今まで以上に目茶苦茶に可愛がってやるからな……覚悟しろよ、鈴」
御島の双眸が意味深げに細められて、彼はうっすらと舌なめずりまでしたものだから
可愛がる、と云う言葉に別の意味が含まれていそうで、僕はとても恥ずかしくなって少しだけ俯いた。
「も、もしかして…毎日、何度もする気ですか、」
「さあ、どうだろうな。そこら辺は、俺の気分と鈴の態度次第だと思うぜ」
御島はそう答えてから、あまり心配するなと言葉を続かせて、僕の頭をゆっくりと優しく撫でた。
その感触が心地好くて僕は恐る恐る手を動かし、自分とは全く体躯の違う彼の背へ手を回し、少し躊躇いがちに初めて御島に抱き付いた。
一瞬だけ驚いたような表情を浮かべた御島は、すぐに笑って、きつく僕を抱き締めてくれる。
「……鈴、幾らでも甘えろよ。おまえは本当に可愛くて可愛くて…大事にしてやりたくなる程、愛しくてたまらねぇ」
甘い囁きに芯から蕩けてしまいそうで、嬉しそうに目を細めて笑う御島に、胸が熱くなる。
心が、ひどく温かくて、心地好い。
喜びよりも強いこの感情は、以前にも感じた事が有る。
この感情は何だろうかと考えて、御島が以前教えてくれた―――その言葉が当てはまったら
もうそれは幸せだと、そう云った彼の言葉が不意に頭に浮かんだ。
これが幸せと云う感情なのかと考えて、僕は今、幸せなのかと自問して………答えは、呆気ないぐらいあっさりと浮かんだ。
少し顔が熱くなるのが分かって、僕は御島に抱き付いたまま、薄く唇を開いた。
「あ、あの…黒鐡さん、僕を幸せに、してくれるんですよね…?」
「ああ。お前の望みはいくらでも叶えてやるし、泣きたくなるぐらい幸せにしてやるよ」
甘い囁きが耳をくすぐって、とても柔らかい雰囲気が心地好くて………心が、温かいもので一杯になる。
………僕の心は、半分以上が空っぽだと思っていた。
冷たい塊の、まるで鉄のような心だと思っていた。
でも今の僕の心は、そのどちらでも無くて―――――それを気付かせてくれたのは、御島だ。
御島だって名前通りの、鉄のような冷たい心を持った人なんかじゃない。
冷たい鉄の塊でも無いこの人は、何よりも温かくて優しくて
僕にとってかけがえの無い、大切な存在だ。
「黒鐡さん、僕…今、泣いてしまうかも知れない。……幸せ過ぎて、」
「泣いちまえよ。幸せでおまえを泣かす事が出来るなんて、最高じゃねぇか」
御島の優しい声が響くと、僕は堪え切れずに、涙を零した。
零れる涙を舌で舐め取ってくれた御島は、あやすように額や頬に、何度も優しいキスをくれる。
「……っ…黒鐡さん……好き…大好き、」
想いを口にすると御島はまた嬉しそうに笑ってくれて、唇を深く重ねてくれた。
―――――僕は、この人が好きで好きで、たまらない。
御島が傍に居てくれて、こうやって笑ってくれることが嬉しくて
頭がおかしくなってしまいそうな程に、生きていて良かったと思えるほどに
僕は今この瞬間、何よりも………………幸せだ。
僕は死ぬまで、この人の傍に居たい。
この人と一緒に………生きたい。
心からそう強く願って、僕は彼の温かさに浸るように
涙が零れる瞳を、そっと閉じた。
終。
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