黒鐡......12
「あ…、ゃっ…や…っ、御島さ…」
「嫌、って言われてもな…鈴、此処はベタベタだぜ。今止められたら、おまえが辛いだけだろう」
深くまで咥え込んでいた僕の性器から、御島は一度口を離して云うけれど、
手で緩やかに扱いて来るから快感は持続し続けて、僕は堪らずに首を横に振った。
そんな事をしても御島は止めず、感じる先端部分を指で擦って、その上、零れる蜜を舐め取るようにして僕自身へ熱い舌を這わせてくる。
「ふ、…ぁ、ああ…っ」
ぐっしょりと濡れているそこを、再び深くまで咥え込まれて僕ははしたない声を響かせ、身体を震わせて達した。
僕の放ったものを飲む音が御島の喉から響いて、この瞬間がいつも一番恥ずかしいと、悦楽の余韻に浸りながらも思う。
「鈴…少し足を開け」
開けと口にしていながら、御島は僕の足を掴んで開かせ、その間に身体を割りいれて来た。
黒いスーツの上着を脱ぎ捨てて、ネクタイを緩めて肩に掛け始めた御島の姿は野性的で
けれどそれは彼がやるからこそ、思わず見惚れてしまいそうな程に魅力的だった。
でも―――――。
「や…ッ、な、何っ」
御島に目を奪われていると、むき出しの双丘の割れ目を緩やかになぞられ、僕はあまりの出来事にぎょっとした。
思いも寄らない場所に触れられ、驚いて逃げるように腰を動かすけれど、
御島は片手で僕の腰を押さえ付けて、指を更に奥へと進ませて……。
「み、御島さ…御島さんっ」
気は確かか、と思って必死で名を呼ぶと、御島はニヤリと口元を緩めて笑う。
「どうした、鈴」
「どうしたって、御島さんこそ、どうしたんですかっ」
「何がだ、」
他人になんか触られたことの無い、普通なら誰も触らないだろうと思う場所に
蕾に、平気で指を当てておいて、平然と御島は訊き返して来る。
「何がって、何がって……そこは、触る所じゃ…」
対する僕の声は震えていて、信じられない出来事に身体はひどく緊張した。
御島は鼻で軽く笑うと、蕾を緩やかに何度か撫でて来て、その行為に僕はひっと小さく悲鳴を漏らしてしまう。
その瞬間、彼の指先が少し埋没して、全身が強張った。
「おい鈴、力を抜け」
「み、み…御島さんっ、やめっ、や…止めてくださいっ」
御島の身体を押し戻そうと彼の肩に手を掛けるけれど、いくら押しても、相手は微動だにしない。
それでも必死に、何とか御島の血迷った行動を止めさせようと、僕は何度もその肩を押し続けた。
「力を抜けと言っているだろう。込めてどうする、」
「ん…ッ」
腰を押さえていた手が急に離れ、けれど僕が逃げようと思う間も無いまま、御島は僕自身をやんわりと握り込んで来た。
そのままゆるゆると扱かれて、押し戻そうと悪戦苦闘していた手は、御島の肩をしがみ付くように掴んでしまう。
「ぅあ…ぁっ!」
自身の先端を撫でられ、快感に浸り切っていたさなかに、唐突に指を突き入れられて悲鳴じみた声が上がった。
あまりの痛みに僕は目を瞑って、耐えるように唇を噛む。
侵入して来た指はそれから動かず、けれど痛みはまだ尾を引いて、
浅い呼吸を繰り返していると静かな口調で名を呼ばれ、僕はうっすらと目を開けた。
「そんなに痛いか、」
静かな問いに、僕は何度も頷く。
すると御島はあっさりと指を抜き去って、その感覚にまた一度だけ目を瞑って、
御島が離れる気配を感じた僕は直ぐに目蓋を開けた。
畳の上へ放り去ったスーツの上着を彼は手にしていて、帰る支度をしているのかと考えたけれど、
内側のポケットから御島は何かを取り出して見せた。
それは小さなボトルのような物で、訳も分からずに何度か瞬きを繰り返している僕に、御島は再び近付くと
僕の腰を少し抱え上げ、どうしてか枕を隙間に置いて来た。
「痛い割には泣かねぇし…鈴は我慢強い奴だな、」
蓋を開けて、透明な液体を掌にたっぷりと零しながら、御島は優しい口調で褒めるように云う。
その液体は何だろうかと訝っていると、御島は急に僕の片足の膝裏を掴んで、肩の方まで押し上げて来た。
妙な体勢に眉を寄せるが御島は蕾に指を当てがって来て、彼の指に
たっぷりと絡まっている液体が少しひんやりとしていて、その感触に身体が強張る。
「な、何…、」
「いいから力を抜け。息を吐いて、楽にしてろ」
てっきりもう終わりだと思っていたのに行為を再開されて、少しばかり戸惑っていた僕に構わず、
御島は再び僕自身を揉み込むように刺激して来た。
「ふ…っ、ぁ…あ…っ」
緩やかに扱かれ、指の腹で先端を撫でられて、声が上がる。
僕の身体から力が抜けたのを見計らったように、御島は再び指を突き入れて来た。
てっきり、先程のような苦痛を得るのかと思いきや、御島の指はすんなりと、呆気なく思えるほどに埋没した。
先程の苦痛が嘘のようで、滑った感触を疑問に思い、一体何をしたのかと考えながら相手へ問うような眼差しを向ける。
「何でこんなに呆気ないのか、不思議で仕方ねぇって面してるな……これはただの潤滑液だ。
生憎俺は、おまえを痛がらせて喜ぶ趣味は無いからな、」
「あっ…ん…ん…っ」
内部で指を蠢かされ、ゆっくりと掻き回されて、少しずつ解れてゆくのが理解出来る。
けれど異物感にはまだ慣れる事が出来なくて、御島が僕自身を扱き続けてくれなければ、不快なだけだったかも知れない。
「ぅん…んっ…はぁ、あ…、」
圧迫感が急に強まって、御島が更に指を増やした事に気付くけれど
僕は逃げることもせず、手の甲を唇に押し当てて目を瞑ることしかしなかった。
だけど………。
「あぁっ…!」
更に深く二本の指を突き立てられ、その指がある箇所に触れた途端、僕は悲鳴のような声を上げて目を見開き、身体を強張らせた。
「此処か、鈴の好いところは…」
「ひっ…!」
今の感覚は何だろうと戸惑う僕に、御島は可笑しそうに笑い声を立てた。
そしてもう一度、けれど今度は的確に狙ってそこを突かれ、一瞬だけ目がくらむ。
「や、や…っ、そこ、嫌…ぁ、ああ…ッ」
上がる声は自分で止められず、御島は僕自身の敏感な先端まで強く擦り上げて来て、容赦なく僕を責め立てた。
「そんなに気持ちいいか。初めでこんな風になるとは……先が楽しみだな、」
既に僕は御島が言っている言葉を上手く呑み込めなくて、強い刺激にただ視界がぼやける。
御島は少し身体をずらして僕自身から一度手を離し、指の抽挿を繰り返しながら、僕自身を深く咥え込んで来た。
「やあぁ…ッ、み…しまさ、やだ…ぁ、あ…やめて…っ」
強烈な快感に涙が零れるのを抑えられず、眉根を寄せて弱々しく首を振りながら訴えた。
すると御島は直ぐに口を離して、代わりに手でゆっくりと上下に擦り上げて来る。
「鈴、俺の名は黒鐡だ。ちゃんと名を呼べたら、止めてやる」
耳の奥にしっかりと響くような、低く通る声で言葉を掛けられ、僕は息を乱しながらも縋るような想いで言葉を放つ。
「んぁ、ん…お願い…く、ろがね、さ…っ」
「……いい子だ。ご褒美に、もっと可愛がってやるからな、」
「なっ、や…あ…ッ!」
話が違う、と言い掛けたけれど、再度性器を口に含まれて
熱い舌先を這わせられてしまい、強い刺激に涙は止まらず、僕は身体を仰け反らせる。
御島は僕自身をきつく吸い上げ、あのギラついている鋭い双眸で、上目遣いに此方を見て来て――――。
「や…、ぁ、ぁあ―…ッ…」
内部を強く擦られ、濃過ぎる快楽に僕は呆気なく絶頂に達し、御島の口内に欲を放ってビクビクと痙攣を繰り返す。
喉を鳴らして僕の出したものを飲み干した御島は、いつものように先端を舐めて
きつく吸い上げ、尿道に残った残滴さえも残すまいとする。
吐精後の敏感な身体にはその刺激はとても強烈で、意識が一瞬飛びそうになり、
僕はいつも唇を噛んで目をきつく瞑って、その瞬間を耐える。
「泣くほど気持ち好かったか、」
シーツで濡れた手を拭いた御島は、まだ少し陶酔している僕に向けて言葉を掛けて来た。
彼の大きな手が伸びて来て、僕が零した涙を指で優しく拭ってくれる。
御島はひどく満足そうにニヤニヤと笑っていて、その笑みを見て
ようやく僕ははっとし、陶酔感が消えると同時に強い羞恥心に襲われた。
信じられない。
あんな所に指を挿れられて、その上あんなはしたない声を上げてしまって。
あんなのは僕では無いと考えて唇を噛むと、御島の手が顎の方に下りて頤を押された。
そうされると唇を噛む事も出来ず、僕は不満に思いながら御島を見据えた。
「……泣いてません、」
あまりにも無理が有るが、気持ち好さで泣いてしまったことを認めたくなくて、少し唇を尖らせながら言葉を放つ。
だけど御島は相変わらずニヤニヤとした笑みを崩そうとしないから、それが何だか余計に恥ずかしい。
「そうか、泣いてねぇか。…全く、可愛いやつだな、おまえは」
……僕は男だ。可愛いなんて言われても喜ばないし、褒められた気だってしない。
でも、御島にそう言われるのはどうしてか嫌じゃなくて、
嫌だと思わない自分自身がとてつもなく恥ずかしい存在に思えて、何だか居た堪れなくなる。
「あの……くろがねって、どう書くんですか、」
話題を変えようとして不意に思い付いた言葉はそれで、今まで御島の事を本人に向けて
尋ねようとしなかった僕は、ちゃんと教えて貰えるのかと少し不安な気持ちを抱く。
御島は何も答えずにスッと立ち上がって本棚の方へ向かい、辞典を取り出してからまた僕の近くへと戻って来た。
「くろ、は色の黒だ。下は……こう書く」
穏やかな声で答えると、御島は辞典を開いて差し出し、難しそうな字を指差した。
あまり見ない字だと考えて、鉄の旧字体と書かれてあったから僕は辞典から顔を上げた。
「い、意味は……名前の、意味はあるんですか、」
御島と視線が合わさって、僕はそれだけで鼓動が速まって、少し上擦った声で尋ねた。
僕を好きだと御島が言ってから、彼と目が合うのが恥ずかしい。
何だか落ち着かず、好きだと口にしたのは御島の筈なのにどうして僕の方が、こんなにも意識してしまうんだろう。
戸惑う僕に向けて、御島は「ああ、」とだけ短く答えて、それっきり何も云わずに黙ったままだから
教えてはくれないのだろうかと、僕はまた少し不安になった。
言い難いのかと考える僕の前で御島は辞典を閉じ、それを丁寧に畳の上へと置く。
「鐡だけで、クロガネと読めるが……俺の親父はどうしても黒を強調したかったみたいでな。
染まらず、誰にも塗り替えられない程の黒い闇と、強固で、何も感じない冷たい鉄のような心を持てと良く口にしていた。
名の通り、俺はそんな人間になった訳だ、」
まるで他人事のように淡々と語る御島の言葉に、僕はどうしてか否定したくて
けれどどうして否定したいのか分からなくて、結局黙り込んでしまう。
気まずい沈黙が走って徐々に俯きかけると、御島は僕の名を唐突に呼んで、
そしていきなり僕の頭を大きな手でくしゃりと撫でて来た。
「汗掻いて、身体中ベトベトだろう。風呂に入った方がいい、」
さっき口にした名前の意味なんて、まるで最初から無かったとでも云うように話題を変えられ、僕は重々しく頷く。
否定したとして、僕は御島に何を言いたかったんだろう。
どうして、否定したくて仕方が無かったんだろう。
そう考えるけれど頭が何でか重くて、何時まで経っても動こうとしない僕に
御島は一瞬だけ眉を寄せてから、僕の額にあの冷たい手をそっと当ててくれた。
「おい…鈴、また熱が出てるじゃねぇか。大丈夫か、」
僕の頬をまるで包むようにして手を添えて、御島はとても心配そうに、何処か辛い所は無いかと尋ねて来る。
相手の優しさがひどく心地好くて、僕はその問いに答えることも出来ず、ただうっとりと温かい気持ちに浸っていた。
「風呂は拙いか……シーツも替えなきゃならねぇし、やる事が多いな。…鈴、少し待っていろよ。直ぐに身体を拭いてやるからな、」
御島はあやすように口付けをして僕から離れ、押入れの襖を開けて真新しいシーツを取り出した。
御島があの、ひどい事をし始めてからはどうしてもシーツが汚れるしで、
だから彼は勝手に、母屋の客室の押入れから、いくつかシーツを持ち出していた。
汚れたものはどうしたのかと思ったけれど、どうやら御島が洗ってくれているみたいで、
彼は何でも出来るのかと僕は感心せずにはいられなかった。
真新しいシーツに取り替えられた布団の上へ僕を寝かすと、
御島はじっとしていろと釘を刺してから、襖を開けて部屋から出て行ってしまった。
音も無く閉じられた襖を眺めながら、遠のいてゆくあの荒々しい足音に、僕は耳を澄ます。
……………御島は優しくて、温かい。
そう考えて僕はようやく、どうしてさっき、御島の言葉を否定したかったのかが理解出来た。
彼がさっき、名前の通りの人間に―――――冷たい鉄のような心を持った人間になったと、口にしたものだから
御島の優しさを何度も前にしている僕は、否定したかったんだ。
御島は、御島はとても優しい。
優しくて温かくて、だから鉄のような冷たい心を持つ人間なんかじゃ、無い。
僕は優しい御島が嫌いじゃないし、嫌いになれない。
名前通りでは無いと考えて、布団の中で身体を丸めた途端、廊下から荒々しい足音が響いて来る。
その足音に何故だか安堵感を抱いて、僕は緩やかに目蓋を閉じた。
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