黒鐡......16


「なら言え。ほら、早くしろ…」
 冷たい言葉を放ったと同時に、御島は僕の上衣を少し捲って、間から手を忍ばせて来る。
 肌に触れた冷たい手の感触に一瞬身体が震えて、直ぐにはっとして口を開く。
「み、御島さん…ッ、な…何を…」
「何を、じゃねぇだろう、鈴。質問しているのはこっちだ、」
 責めるような冷たい双眸が、痛いぐらいに突き刺さる。
 随分前に僕が父と会話をしていた間、ずっと此方を睨んでいた、
 優しさの欠片さえ感じられない以前の御島の眼と同じで―――――。

「御島さ…い、嫌だ……ぁっ、」
 相手の胸に両手を当て、押し戻そうとした矢先に、乳頭を直に触られて声が上がる。
 声を上げてしまった僕を、御島はまるで馬鹿にするように鼻で軽く笑って、そこを指先で擦って刺激して来た。
 押し戻そうとしていた動きを止めて、代わりに何度も相手の胸元を叩いて拒む。
 だけど御島は止めてくれず、もう一度笑って、僕の上衣を今度は思い切り捲り上げて来た。
 あんまりな行動に息を呑み、身体を強張らせた僕の胸元に、御島は顔を近付けて唇を寄せた。
「ぅ…んっ」
 慣れたようにそこを軽く吸って、既に固くなっていた乳頭を緩く咬まれる。
 その上反対も摘まれて弄ぶように擦られ、身体の奥まで響くような痺れに身悶え、下肢に熱が溜まるのを感じた。
 五日ぶりの快楽に背筋がぞくぞくとして、だけど運転席に人が居るのにと、僕は嫌がるように首を横に振った。
「っぁ…、やっ…嫌…御島さんっ、」
 逃げるように身を捩るけれど、肩を痛いぐらいに押さえられていて、逃げる事も叶わない。
 僕がどんなに暴れても逃げようともがいても、長身の御島との体格差があまりにも有り過ぎて、
 その上御島は力も強いから、逃げられる訳が無いのだ。
 せめてもの抵抗として、痛みで快感を紛らわそうと唇を強く咬んで、声を押し殺そうとすると
 御島は大きな舌打ちを零し、乳頭を弄っていた手を下肢へと這わせた。
「やだっ、やめて下さ……み…しま、…っ、黒鐡さ…」
 相手を呼んだ自分の声が、本当に泣いてしまいそうなぐらいに弱々しくて
 僕は今、泣きそうなのかと自問して、そうなのかも知れないと直ぐに思う。
 威圧的な雰囲気はずっと変わらないし、僕が嫌がろうと、どうでも良いみたいに
 今の御島には、優しさなんて微塵も感じられなくて………胸が、苦しい。

 僕は、あの優しい、いつもの御島が好きだ。
 こうも違うところを見せ付けられると、あれは嘘だったのかと、思わずにはいられない。
 …………僕を、囲いたい為に、今まで偽りの優しさを見せていたのかと。

「こんな…こんなの、嫌です…、恐い…嫌だ、」
 顔を上げた御島がじっと僕を見据えていて、縛り付けて離さないかのようなその双眸に、僕はひどく怯えながら震えた声で訴えた。
 すると車は唐突に、静かに停車して、御島は暫くの間何も言わずに僕を見つめていた。
「なら、此処じゃなければ良いんだな。……降りろ、」
 僕から身体を離して、御島は僕の腕をあの大きな手で掴んで、引きずり出すように外へ連れ出した。
 車から降ろされると、乱れた服を整える間も無く、御島は僕を軽々と抱き上げる。

 そしてあの、見覚えのある大きな―――――
 帰る際に一度だけ見た事がある、御島の家へと僕は連れ込まれて行った。










 寝室へ向かい、広いベッドの上へと僕を転がした御島は
 直ぐに服を剥いで僕を裸にし、自分も上衣を脱いで半裸になった。
 僕は逃げる間も無く彼のタイで両手を後ろ手に縛られ、早急な愛撫で
 熱を上げさせられた性器は、白濁を放つ事も出来ずに放置された。
 御島は僕の性器に触れてもくれず、取り出したボトルの中の液体を指に絡めて、もう随分長い間、後ろだけを愛撫していた。

「鈴、久し振りだから感じるだろう。此処も嬉しそうに、俺の指を締め付けてやがる」
「あぁ…ッん」
 ぐっと内部へ二本の指を思い切り突き立てられ、あのすごく感じる箇所を擦られて、悲鳴じみた声が上がる。
 うつ伏せになって、腰を上げさせられた――――まるで犬のような格好がひどく惨めで
 その上両手は縛られているから、自ずと肩に体重が掛かって少し辛い。

「いい眺めだな…鈴、分かるか?ヒクついているぜ、」
「ひっ…ぅ、ぁ、あ…ッ」
 指を増やされた所為で圧迫感が強まって、的確にあの場所を突かれて背中がしなる。
 クチュクチュと響く水音の卑猥さから逃れるように、僕は何度かかぶりを振った。
「鈴、これでもまだ言わないのか。これじゃあ何時まで経っても達けねぇぞ……それとも鈴は焦らされる方が好きなのか、」
 揶揄するように御島は笑って、そんなことが有る筈無いと、僕は首をもう一度横に振ろうとした。
 けれど抽挿の動きを速められて、身体がビクリと震えてしまう。
 顔をずらすと、もうずっと刺激して貰えない自身が足の間で揺れていて、蜜が滴っているのが見えた。
 その上、無意識に自分の腰がくねっているのも分かって、激しい羞恥に熱が更に上がる。
「…ね…さ、くろが、ねさ…んっ、……も、もう…やっ、んん…っ」
「達きたいか、鈴。」
 口調からして御島は笑っているのだろうと何となく理解出来て、
 僕は止めて欲しかった筈なのに、どうしてか御島のその問いに何度も頷いていた。
「なら、甘えろ。達かせて欲しいと、ねだって見せろ。……それが出来なけりゃ、何を言われたのか素直に吐くんだな、」
 どうしてこんなにも執拗に、それに執着しているんだと、僕は眉根を寄せて疑問に思う。
 だけど絶対に泣いたりしない僕が……首を絞められたってどんなに辛くたって
 泣かない僕が泣いたのだから、ただごとでは無いのかも知れない。
 僕を囲うのが目的の御島からして見れば、僕が誰かに泣かされた事は、おおごとなのかも知れない。
 囲う、と云う言葉にまた胸が苦しくなって、眉根が更に寄った。
 誰かに甘えることなんて僕は絶対にしたくないし、
 それに射精させて欲しいとねだるなんて、あまりにも屈辱的じゃないか。
 ねだる事も甘える事も、事実を告げる事も嫌だと伝えるように、僕はかぶりを振った。
 素直に、事実を云ってしまおうかと一瞬考えたけれど、やはりそれはどうしても出来無い。
 そんな僕に御島は喉奥で笑って、強情だなと呟いて……僕だって、自分でもそう思う。

 だけど言えない。言える訳が無い。
 僕の顔を好きな御島に、僕自身を好いて欲しいと告げるようなものだ。
 顔は母のお陰で良くたって、中身が駄目なのだ。
 僕自身など、ただ誰かに迷惑を掛けるだけの不必要な存在だし、そんな僕を好いてくれだなんて………迷惑な話だ。
 御島には絶対に、死んでも迷惑を掛けたくない。

「こんなになっても吐かないとはな……余計に気になるぜ。鈴は本当に、俺を夢中にさせるのが上手いな」
「あぅ…んっ」
 張り詰めた僕自身をうっすらと指でなぞられ、それだけでも達してしまいそうだったのに
 彼の手は直ぐに離れて、その上、内部を掻き回していた指まで抜いてくれた。
 ようやく苦しいぐらいの快感が終わったと思ったら、御島は僕の身体を軽やかに反転させる。
 終わりでは無いのかと考える僕を見下ろして、御島は口端だけを吊り上げて笑った。
 車内でのあの黒々しい雰囲気も、冷たい眼差しも今は薄れているけれど、普段の優しさは無いように思える。
「鈴、また泣いているのか。おまえ、意外と泣き虫だな、」
 僕の顔を覗きこんだ御島の声音が少しだけ優しくなって、彼は顔を近付け、僕の瞼に唇を寄せて来た。
 あのひどく感じる箇所を刺激されると、我慢しようとしているのに
 涙は勝手に零れてしまうから、どうしようも無いのだ。
「こ…これは、涙なんかじゃ…、」
 それなのに、泣き虫じゃないのに泣き虫と言われた事が悔しくて
 眉を寄せながら答えると、御島はそうか、と返して可笑しそうに笑った。
 そして御島は急に僕の上から退いて離れ、ベッド脇の机の引き出しを開けて、何かを取り出して直ぐに戻って来た。
 身体の下敷きになっている縛られた両腕が少し痛くて、張り詰めた自身が、ひどく疼いて仕方が無い。
 少し身を捩って、ずっとこのままなのかと考えた僕の上に、御島はゆっくりと覆い被さって来た。
「鈴…おまえが言いたく無いなら、それでも構わない。……が、言わなければ辛くなるぞ」
 忠告、とでも云うような脅すような口ぶりに、身体が少しばかり緊張した。
 何も答えずにいると、御島はいきなり僕の片足の膝裏を掴んで足を開かせ、何か固く冷たい物を蕾に押し当てて来た。
「な、何ですか…、」
「さあな。何だと思う、……未使用だからその点は安心しろ」
 口角を上げて曖昧に返して、意味の分からない事を口にして、御島はそれを躊躇う事無く挿入して来た。
 先ほどまで指で散々解されたそこは、良く分からないそれをあっさりと迎え入れてしまう。
「み、御島さん…?」
 不安になって相手を呼ぶと、御島はくくっと笑って、まるでそれをもっと奥へ向かわせるように、指まで挿入して来る。
「ぁ…、な…何…っ」
「ここら辺、だったよな。鈴の好い所は…」
 あの感じる箇所に冷たいそれを押し付けられ、身体が震えた。
 此れは何なのかと少し怯える僕に、御島は目を細めて顔を近付けて……

「言わないなら、可愛い声でずっと啼いて居ればいい、」
「ん…っ」
 耳元で吐息混じりに囁かれ、ぞくぞくと背筋に寒気が走った。
 僕の声なんて別に可愛くも無いのに…と考えた瞬間、内部のその冷たい塊が唐突に振動し始めて、一瞬頭の中が真っ白になる。
「や…っ、や、あぁッ…ん――ッ」
 徐々に振動は増して、御島はそれを、あの感じる箇所に指で強く押し付けて来た。
 目の前がかすむような快楽に、身体が仰け反る。
 腰を動かして逃れようとするけれど、御島は反対の手で僕の腰を強く押さえた。
「うあっ、あッ…く…ん……っ!」
 羽音のような音が、振動が強まると共に大きくなって、身体中を電流が駆けるような
 痺れるような強い快感に、見開いた瞳から涙が零れる。
 どうして御島はこんなひどい事を平気で出来るんだと、僕はそう考えたけれど、直ぐに頭の中は真っ白になる。
 身体ががくがくと震えて、首を横に振って、泣きながら僕は何度も御島を呼んだ。
「鈴、止めて欲しかったら……分かるよな、」
 耳朶を緩く咬まれ、舌でなぞられてからひどく優しく、甘い声で囁かれて、何も考えられない。
「っあぅ…うっ、ん…ッ嫌…お願…ッ」
 御島の言葉に何度も頷いて泣きながら懇願すると、ようやく内部の強い振動は少しだけ弱くなった。
 その塊を押し付けていた指も少し引いて、苦しいほどの快楽が途切れる。
 激しく息を乱して、開いた両足がひどく痙攣しているのを感じながら、僕は諦めた。

 御島には、どうやっても敵わないのだ。
 僕はどう頑張ったって、彼の思い通りになるしか無いんだ。

「御島さんは…僕を……か、囲うのが目的、なんじゃ…」
「――――何だと?」
 恐ろしく低い声が響いて、僕は怯えるように肩をびくりと震わせた。
 彼の雰囲気がまた、震える程に黒々しく、獰猛な獣を感じさせるようなものに変わって
 汗でぐっしょりと濡れた身体が、途端に恐怖で冷えてゆくのを感じる。
「鈴、一から説明しろ。どうしてそうなる、」
「ぅあっ…!」
 身を乗り出した御島の指が深く埋め込まれ、振動している塊を再びあの箇所に押し付けて来て………
 悲鳴のような声を上げると、指は直ぐに引いてくれたけれど、僕は泣きながらかぶりを振った。
「もう、もう嫌だ…、こんな…こんなの、じゃなくて…黒鐡さんの………指が、……いい……」
 もう何が何だか分からなくて、自分の言葉すらも上手く理解出来ずに
 しゃくり上げながらそう告げると、御島は一瞬驚いたように目を少し見開いた。
 だけど直ぐに、振動しているそれをゆっくりと抜き去ってくれる。
「…ったく、可愛い事言ってんじゃねぇよ。喰うぞ、」
 苛立ったように言われて、だけど顔を近付けて来た御島は、僕の唇に優しいキスをしてくれる。
 軽く啄ばむようなキスを何度かしてくれて、それでようやく僕は少しだけ落ち着いて
 先程の自分の発言を思い出し、かぁっと熱が上がった。
 何て恥ずかしい事を口にしたのだろうか、と考える僕の前で、御島は身体をずらした。
 未だ蜜を溢れさせたままの、勃ちっ放しの僕自身に、彼が顔を近付けたのを目にして………下肢が、ひどく疼いた。
「…早く咥えてイカせてくれって面してるな。」
 揶揄されるけれど、僕はそれに反論出来る余裕なんて無かった。
 せっつくように御島を呼ぶと、相手は目を細めて笑って、直ぐに僕自身を口に含んで来た。
 甘い疼きが身体の奥を走って目を瞑ると、蕾に当てがわれた御島の指が、ゆっくりと内部へ侵入して来る。
「ん…ぅ、はぁ、あ…あッ」
 内部を探る指の動きに朦朧とし、僕自身を舌を絡めながら奥まで呑み込まれ、
 そのままきつく引き抜かれると僕は堪らずに腰を揺らした。
 ずっと刺激されなかった所為か、快感はあまりにも鋭くて……。
「ぁっ、く…っあぁぁ…!」
 強く吸い上げられ、僕は呆気なく声を上げて、御島の口腔へと欲を放った。
 あまりにも濃い絶頂感に意識が飛びそうになり、唇を咬んでそれに耐えていると
 まだ身体の痙攣が治まらない内に、御島はいつものように残滴を残すまいと、
 達したばかりの僕自身をもう一度きつく吸い上げて来る。
 続け様の強い刺激には流石に耐えられず、目の前が真っ白になって、意識は途切れてしまった。








「おい…聞いてないぞ。俺があの碧い器を割って、兼原とあの子を鉢合わせるだけの話だった筈だ。
怪我をさせるなんて、聞いていない。病院に運ばせたが、危なかったぞ」
「兼原が悪いんだぜ。あの女が鈴を厄介払いしようとしてる事だけを、奴が云えば良い話だった。
だが兼原の野郎、鈴の首を絞めやがったからな」
 人の微かな話し声が耳に入って、僕はうっすらと瞼を開けた。
 見慣れない天井が視界に入ったけれど、寝起きの悪い僕はただぼんやりとそれを眺めるだけで、起き上がる事もしなかった。
「大体、お前があの子に直接云えば良い話だろう。回りくどい事をするなよ、」
 けれど次第に意識がハッキリとして来て、御島が誰かと会話をしているのだと云う事が、ようやく理解出来た。
 声は少し遠くて、どうやら会話は、少し開いている扉の向こう側で行なわれているようだった。

「俺も直接云いたかったが、生憎仕事でな」
「そうか、そうだったな……聞いたぞ。五日間で八人殺したらしいな。」
 聞こえて来た言葉に、耳を疑った。
 殺した…と、誰か分からないけれど男の声が、確かにそう言った。
 それは御島が……あの優しい御島が、人を殺したと云う事だろうか。
「ああ。くだらねぇ組がどんどん潰れて行く。それに、邪魔な組の名を出してそこがやったと情報を流せば、互いに喰らい合ってくれるしな。
ゴミは消えて、そこそこ綺麗な世の中になるぜ」
 感情なんて全く無いような、冷たいとしか思えない御島の声に、これは本当に御島の声なのかと僕は疑わずには居られない。
 それに、僕の記憶では御島は僕以外の人には敬語を使っていた筈で……
 今は敬語でも無く、だけど僕に対しての普段の口調ともかけ離れている。
 今の御島の声は穏やかさが無く、肌が粟立つ程に恐くて、鋭い。

六堂嶋(りくどうじま)家の黒鐡が、まさか気紛れでヤクザの外舎弟とはな……当主が知ったら、どうするんだ」
「知られねぇように手は打つさ。……それにな、飼われるのは楽で良いぜ。あいつら、死体処理が俺よりも得意だからな」
 調子に乗っている様子も、楽しそうな様子も口調からは感じられず、感情の籠もっていない御島の声に僕は寝返りを打った。
「でも、仕事を連日でするなんてお前らしくないな。そんなに金が必要だったのか?それとも殺しが好きになったのか、」
「殺る時は名の通りの人間になる事ぐらい、知ってるだろう。好き嫌いなんかねぇよ。…理由は金だ」
「金に困って無い癖に、何を言っているんだ。デカイ買い物でもするつもりか?」
 呆れたような声が響いて、それに対して御島は、ああ、と短く答えただけだった。
 盗み聞きをするつもりなんて無いのに、僕は耳を澄ましてしまう。
 御島が何を喋っているのか知りたくて、会話の内容が気になって仕方が無い。

「……鈴を買おうとした奴から、十倍の値段で俺が買った。」
 御島の言葉がひどくはっきりと聞こえて、けれど直ぐにはその言葉を上手く理解出来ず、僕は何度か瞬きを繰り返した。

 買った?御島が、僕を?……囲いたい、為にだろうか。
 母は、幾らで僕を売ったのだろう。
 僕の知らない人に売ろうとしたのだろうか、それとも知っている人だろうか。
 御島は、その人から幾らで、僕なんかを買ったのだろう。
 僕は…自分の知らない間に、いつの間にか母に売られていたのか。

 思考を巡らせて、疑問を幾つか頭に浮かばせて、僕は答えを出した。
 そうだ。御島はやっぱり僕を囲いたいだけだ、と。
 十倍の値段で買うほど、この顔が好きなのだろうか。
 そう思うと心が苦しくて、でもどうして苦しくなるのかが、分からない。
 御島が僕の顔を好きなだけで……それがどうして、悲しく思えるんだろう。
 そこまで考えて、僕は答えの出ない無駄な自問は止めようと、考える度に苦しくなるのだから
 放棄して、もういっそ何もかもを諦めてしまおうと、投げ遣りな結論を出した。
 目を瞑り、毛布を頭から被って、話している言葉の内容がはっきりと聞こえなくなった事に安堵して、僕は逃避するように眠ろうとした。
 ―――けれど。

「鈴、起きたのか」
 いつの間に近付いていたのか、御島の声が傍らで聞こえた。
 だけど僕は頭から被っていた毛布を退かそうとせず、ひどく緊張してしまって何も答えず、息を潜めてじっとする。
「おい鈴、どうした。……具合でも悪いのか、」
 心配そうな声が上から聞こえて、優しいとも思えるその声音に、息が詰まりそうになった。
 言葉を返さずにいると、御島は苛立ったように舌打ちを零して唐突に、僕が被っていた毛布を強引に剥いで来た。
 驚く僕には構わず、御島はあの冷たい手を僕の額に押し当てて、それから直ぐに安堵したような表情を浮かべる。
「熱は無いみたいだな。何処か辛いところは有るか、」
 物静かな口調で問われ、僕は少し遅れてからゆっくりとかぶりを振った。
 大丈夫ですと短く答えると、御島は優しい手付きで僕の頭を撫でてくれる。
 心地好い感触に浸り掛けた僕は御島がまだ上衣を纏わず、半裸のままな事に気付いて、
 思わず逞しいその体躯を、まじまじと見つめてしまった。
「鈴…覚えているか。おまえ、俺がおまえを囲うのが目的だと言ったな、」
 僕の前髪を優しく掻き上げながら御島は唐突に質問を口にして来た。
 彼の身体からあの力強い双眸へと視線を移して、その言葉に僕は素直に頷いて見せる。




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