黒鐡......22
「御島さん、あの…」
心地好さに浸りながらも御島の双眸をじっと見据えて、たどたどしく言葉を紡ぐ。
僕はあんなに泣いた後だと云うのに、顔もひどくなっていると云うのに、頬を緩めて笑った。
あの時は自棄になっていたから、僕は母の望み通りになってもいいと思っていた。
でも、あの時母に刺されていたら……この温かさを、もう感じる事なんて出来なかったのかも知れない。
そう思うと今この場に、御島の傍にいる事が出来て、良かったとすら思える。
「あの、助けてくれて…あ、ありがとう、御座いました」
だから謝罪じゃなくて礼を口にすると、御島は一瞬だけ目を少し見開き、直ぐに微笑んでくれた。
魅力的なその笑みに鼓動が速まって、顔が熱くなる。
「鈴…俺が傍に居ない時に、あまり無理はするなよ。おまえは何だか危なっかしくて困る、」
御島はそう言うと喉奥で笑って、僕の頬に口付けてくれた。
その行為に熱が上がって、少し躊躇った後に、僕は顔をずらして御島の唇にキスをした。
軽く触れるだけだったけれど、自分からしたと云う事がとても恥ずかしくて、僕は直ぐに顔を背けてしまう。
「……鈴、何だ今のは」
耳に入った声があまりにも低くて、御島の気分を害してしまったのかと焦った僕は、背けた顔を慌てて戻そうとした。
けれどそれよりも先に御島の手が僕の顎を掴んで来て、強引に彼の方に顔を向けさせられ、細められた双眸と目が合う。
「おまえは……俺を生殺しにしたいのか、」
御島は大きな舌打ちを零してから顔を近づけ、唇を重ねて来た。
何が生殺しなのか分からなかったけれど、重なる感触が心地好くて
僕は御島の服の胸元をきつく握って、重い瞼を緩やかに閉じた。
御島が入院している間は僕もこの広い個室に泊まる事になり、
あの沢山泣いた日の夜は、御島の隣でぐっすりと眠った。
入院初日だったからそれは許されたのかと思ったけれど、退院するまで泊り込む事は
可能だと逸深が云ってくれて、僕はずっと御島の傍に居る事となった。
ベッドも普通のものより広かったから、御島の隣で眠れる事も出来て僕は嬉しかったのだけれど
二日目の夜、御島は病院だと云うのにいつもの―――――あの淫らなことをしようとして来た。
傷が開いてしまったらどうするんだと必死で逃げて、僕がひどく暴れた所為で
御島は傷が痛み出したらしく、何とか行為を阻止する事は出来た。
そのままベッドから離れて、僕はその日、ソファーの上で眠ったのだ。
昨夜もソファーで、あまり眠れなかったけれど夜を過ごして
御島は舌打ちを零したが、僕を無理にベッドへ引きずり込むような真似はしなかった。
「おい、鈴…こっちに来い、」
「……嫌です、」
今夜もソファーの上で寝るつもりの僕は、唇を尖らせながら拒否の言葉を返した。
「今日も、此処で寝ます。明後日の午後には退院なんですから、安静にしてください」
ベッドの上の御島に向けて不機嫌な口調で声を掛けて、ソファーの上に横になった。
御島の方へ背を向けて寝る形で、逸深から使っていいと渡された毛布を肩まで掛けて、目を瞑る。
………僕はもう、母の事を気にする事は無くなった。
だからいつでも御島に、告白をする事が出来る。
だけど流石に病院では言いたく無いし、初めて抱いたこの感情を、更に深くなったこの想いを
僕は大切にしたいから、場所を選ばずに焦ったように口にしたくは無い。
御島の怪我がちゃんと治って、十分落ち着いてから言いたい。
そう決めて、暫くの間は目を閉じて寝ようと努めていたけれど、中々寝付けず、ゆっくりと瞼を開けた。
御島が傍に居ないとどうしても上手く寝付けないし、何度も目が覚めてしまう。
二日間良く眠れなかったから眠気も強いし、今日こそは眠れるだろうと思っていたのに、目は冴える一方だった。
寝返りを打って、ベッドの上で目を閉じている御島の寝顔を目にして、あの人の傍で眠りたい衝動に駆られる。
僕はこんなに子供染みていたかと眉を寄せて、御島に甘えたいと思っている自分を叱咤して、もう一度目を瞑った。
「鈴、眠れないのか」
「え…、」
急に声を掛けられて目を開くと、眠っていた筈の御島は上体を起こして、此方に顔を向けていた。
御島の問いに否定しようとした僕は思いとどまって、素直に頷く。
すると御島は目を細めて、口端をうっすらと上げ、指だけで軽く手招きして来た。
「……変な事、しませんか?」
手招かれるままに向かえる筈も無く、少し警戒するように尋ねると、御島はとても大きな舌打ちを零してベッドから下りた。
驚く僕に御島は近付いて、片腕を怪我している事なんて気にしていないように、僕を軽々と抱き上げた。
「み、御島さん…傷が…」
「おまえが傍に居ないと、安眠出来ねぇんだよ」
苛立った口調で言葉を放ってから、御島は足を進め、僕をベッド上へと優しく下ろしてくれる。
そのまま一緒に寝るのかと思いきや、御島は唐突に僕の上へ覆い被さって来た。
逃げる間も無く顔を近付けられて唇を奪われ、何度か啄ばむような、軽い口付けを繰り返された。
「んっ、ぅ…ッん…ん…」
舌先でじっくりと唇を舐られ、無意識に自分から唇を薄く開くと
直ぐに御島の舌が入り込んで来て、そのまま口腔を探られて舌を絡められた。
御島の服の胸元を縋るように掴むと、彼の大きな手にその手を握り込まれ、僕は薄く目を開く。
あの力強い双眸がギラついて、熱が籠もったようなものに変わって、此方を見据えている。
その事にぞくぞくと寒気が走り、御島の双眸に気を取られていた隙に、上衣を思い切り捲り上げられた。
露わになった胸元に手を滑らせられ、乳頭を指で擦り上げられると
身体はその刺激にびくんと震えて、下肢に熱が溜まってゆくのが自分でも分かった。
「…んぅっん、ぁ…っ」
御島は歯列や上顎をじっくりと舐めながら、親指と人差し指で乳頭を摘んで、捏ね回して来た。
電流のような、痺れるような快感に身体が仰け反って、僕は咄嗟に御島の腕を掴む。
「……どうした、」
舌を抜き去った御島に声を掛けられてはっとして、今掴んでいるのは怪我をした方の腕ではなかったかと、僕は慌てて手を離した。
視線を向けて確認すると、どうやら僕が掴んだのは左腕で、怪我をしている方の腕では無かった。
「ど、どうしたじゃ有りませんっ、こんな…こんな所でこう云う事、しないでくださいっ」
その事に少し安堵して、快楽に流される所だった自分を心中で叱咤しながら、御島を咎める。
すると御島は可笑しそうに喉奥で笑って、顔をずらして、僕の首筋へと顔を埋めて来た。
「ちょっ、御島さん…っ、ぁ…、」
ざらりとした感触が首筋を伝って、少し痛みを感じるぐらいにそこをきつく吸われた。
堪らずに身を捩ると、御島の片手が僕の股間部へと滑り落ちて、服の上から性器を撫でられる。
「み、御島さん…だっ、駄目ですっ」
慌てて上体を起こして拒否し、逃げるように身体を動かそうとしたけれど
御島の手が素早く僕の腰を押さえつけて来て……それが怪我をしている方の手だった為に、僕は逃げるのを躊躇った。
「鈴、今夜は逃がさないぜ。あまり暴れるなよ、傷が開いちまうからな」
御島はゆっくりと舌なめずりすると、もう片手で僕のズボンのジッパーをゆっくりと下ろしてゆく。
ジッパーが下げられる音に羞恥心が込み上げて来て、僕は彼の胸に両手を付けた。
「御島さ…い、いい加減に…して下さいっ、傷が開いたらどうするんですかっ」
「だから、おまえが暴れなければ済む話だろう」
「な、何言っ…あっ…ん、…んッ」
下着の中に潜り込んできた御島の手に、僕自身を直に包み込まれて、それだけで甘い痺れが走った。
どうしてか以前よりも快感が強くて、緩くそこを揉み込まれると鼻に掛かったような吐息が零れて
自分の零した甘いそれに、羞恥で熱が上がってしまう。
このままでは、普段よりも強い快楽に流されてしまうと考えて
何とか止めて貰おうと、僕は嫌がるように何度かかぶりを振った。
「やっ…やめて、…ぁ…く…っ」
「嫌がってる割には、もう濡れて来たぜ」
耳元で御島は揶揄するように低い声音で囁いて、濡れて来た事をまるで思い知らせるように、
溢れ出した蜜を塗り込むようにして先端を指で撫でて来る。
時折そこを強く何度か擦られ、鋭い快感が全身を駆けて、芯から溶けそうな愉悦に僕は無意識に腰を揺らした。
すると御島はくくっと笑って、一度僕自身から手を離すと手慣れたように、
僕のズボンを下着ごと脱がして再び性器をやんわりと握り込んで来る。
そのまま上下に擦り上げられ、耳朶を甘く咬まれて、背筋がぞくりと震えた。
「あぁ…あっ、嫌…っ…も、もう…、」
弱々しく首を横に振って、達しそうな事を告げると、御島は達っていいと優しい声で囁いてくれた。
一際強く擦り上げられるともう我慢出来ず、僕は身体を震わせて声を上げながら、御島の手の中で達してしまった。
「鈴、気持ち好かったか、」
「ん…っ」
白濁で濡れた御島の手が蕾の方へと滑り落ち、それを塗りつけるように、入口を何度か軽く擦って来る。
御島の元で暮らし始めてからは、もう何度も彼の指を受け入れた事のある其処は
今となっては内部の、あの一番感じる箇所を刺激される方が、自身を刺激されるよりも感じる。
快楽を思い出すと、まるで期待するように身体の芯が疼いて、僕は微かに震えた。
けれど僕は何とか、ありったけの理性を振り絞って、かぶりを振って見せる。
「だ、駄目です…御島さ、もう、止めて…」
「……おまえに触れられないなら、俺は禁欲を止めるぜ」
耳に入って来た御島の言葉が信じられず、僕は少しだけ目を見開く。
何も答えられずにいる僕に、御島は唇が触れそうな程に顔を近付けて、薄く笑った。
「どうするんだ、鈴。此処で止めれば、俺は他の奴を抱くぞ」
「い、嫌…嫌です、そんなの……」
震えた声で答えると、御島は怪我をしている方の腕を動かして、優しい手付きで僕の頭を撫でて来た。
僕は身を捩ってそれを避け、目を逸らしながら口を開く。
「や…止めてとは、もう言いません。でも……でも、そっちの手は…使わないで下さい」
「利き手が使えないのは、不便だな」
御島は苦々しそうな口調で云って、僕の額へと口付けて来た。
逸らした視線をそろそろと戻すと、御島の双眸と目が合って、それだけで体温は上がってしまう。
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