黒鐡......23
白濁を塗りつけるように入口を擦っていた御島の指は、
やがてゆっくりと内部へ侵入して来て、僕は唇をきつく噛み締めた。
今まで何度も探られた所為で、そこはとても過敏になっていたけれど、普段よりも快楽が強すぎる。
指が侵入して来る感触ですら、声が零れてしまいそうなぐらいに気持ちが好い。
自分の堪らなく好きな人に、こんな淫らな事をされているのだと思うと
余計に快感が強まるようで、頭が変になってしまいそうだった。
「ん…ぁ、あ…んんッ…」
奥まで侵入して来た御島の指は知り尽くしているように、的確にあの感じる部分を押し上げて来る。
鋭い快感に爪先が大きく跳ねて、それでもきつく目を瞑って
声を押し殺していると、抉るように指を回して内壁を刺激された。
「鈴、我慢しなくていい。幾らでも啼いて、可愛い声を俺に聞かせろよ」
「くっ…ん…っあ、…ゃっ…ぁあッ」
指を二本に増やされて激しく突き上げられると、目の前がぼやけ始めて、僕は抑えられずに涙を零してしまう。
何度も執拗にあの部分を擦られると腰は震えて、頭がおかしくなりそうなぐらいに気持ちが好くて、直ぐに絶頂感が押し寄せて来る。
最初の内は後ろだけでは達する事は出来なかったけれど、あの一番気持ちが好い箇所を
何度も刺激されてゆく内に、いつの間にか僕は前を触らなくても達せるようになった。
吐精はしないけれど、依存してしまいそうなぐらいに気持ちが好いし、何度も達く事だって出来る。
「鈴はもう、前より後ろの方が感じるんだよな……コッチの方が好くって堪らねぇんだろう、なあ?」
「やあっぁ…!」
どうなんだ、と問われて、奥の感じる箇所を強く指で突かれて、目が眩む。
僕はもう否定する事も出来ずに、素直に何度も頷いて見せた。
病院なのに何をしているんだろうとか、声を上げてしまっては
聞かれるんじゃないかとか、そんな事はもう頭に無くて――――――。
高らかな声を上げて身体を震わせ、濃い快楽に耐えるように
まるで縋り付くように、僕はシーツを強く握った。
「鈴、何をそんなに怒ってやがる」
目を覚ましてから一言も口を利かない僕に、御島はニヤニヤと笑いながら尋ねて来た。
御島は昨夜、僕が気絶するまで何度も達かせたし、身体中に鬱血の痕を沢山残した。
今朝、病室内の浴室でシャワーを浴びようとした僕はそれを見つけて、
もう本当に、恥ずかしい気持ちで一杯だったのだ。
それに………好きな相手に淫らな事をされているんだと云う事実があって、
いつもより余計に感じた自分が、何よりも恥ずかしかった。
だから別に、怒っている訳じゃない。御島と口を利くのが、ひどく恥ずかしいだけだ。
「別に、何でも有りません。今日は僕に構わないで下さい」
ソファーに座ったまま、読んでいた本から顔を上げずに、僕は答えた。
放った声はあまりにも不機嫌そうで、その事に自分で驚いたけれど、訂正する気にはなれなかった。
恥ずかしくて恥ずかしくて御島の顔もまともに見れないし、
朝からずっとどきどきしていて、ろくに会話も出来無い。
恋と云うものは、慣れていない方が不利なんだと、僕は初めて知った。
「そう云う態度を取るなら…こっちにも考えが有るぜ」
頁を捲った瞬間、傍で声が聞こえて、僕は咄嗟に顔を上げる。
いつの間にか御島は、僕の目の前に近付いていて……そう云えば彼は、
あの荒々しい足音も立てずに近付く事も出来るのだと思い出した。
「昨夜みたいにたっぷりと可愛がって、素直にさせるしかねぇよな?」
「な…ッ」
御島の発言に驚いて慌てて逃げようとするけれど、彼は素早く僕の肩を掴んで、痛くない程度に押さえつけて来た。
それでも諦めずに逃げようと身を捩ると、御島はゆっくりと顔を近付けて、僕の耳元で吹き掛けるように淡く息を吐く。
「なあ、鈴……昨夜はいつもより感じていただろう、…可愛くて堪らなかったぜ、」
相手の満足そうな低い声音と、見抜かれていた事に羞恥を激しく煽られる。
かぁっと熱が急激に上がって顔もひどく熱くなり、赤面しているんだろうって事が自分でも分かって、それが更に恥ずかしい。
「今直ぐにでも、おまえを抱きたくて堪らねぇ、」
「ぁ、…っ…、」
耳朶を緩やかに舌でなぞられて緩く噛まれ、背筋がぞくぞくする。
理性を掻き消してしまいそうな程の欲が、強まりそうなのを何とか抑えて、僕はきつく目を瞑った。
「お、男同士じゃ、抱き合える訳が…」
震えた声で反論してから、僕は男だから女性のように御島と繋がる事も出来無いし
御島を満足させる事も出来無いのだと考えて、少しだけ息苦しさを覚えた。
「本当に分かってねぇな、鈴は。今まで散々俺の指を咥え込んでいた所に、俺のを突っ込んで繋がるんだぜ。男同士は、な」
可笑しそうに御島は喉奥で笑ったけれど、衝撃的な事実に、僕は笑える事なんて出来なかった。
御島が以前、突っ込んでとか抱くとか言っていたのは、そう云う意味だったのかと
ようやく理解出来て、出来たと同時に僕は恐怖で身体を震わせた。
以前、内部に振動する塊を挿れられた事もあって、僕は御島の指以外は恐くて仕方が無い。
だから、例え僕の好きな人の――――御島自身だとしても、挿入されるのは恐怖を感じてしまう。
「い、嫌だ、そんな…恐い事…」
「案外、嵌るかも知れねぇぞ。何なら、今から試してみるか、」
信じられない言葉を返した御島は、更に信じられない事に僕の上衣を少し捲り上げて、隙間から手を忍ばして来た。
その事に、ひっと悲鳴を零してから、僕は逃げるように暴れもがく。
僕がどんなに暴れようと、全く構わないと云ったように御島はニヤニヤと笑っていて、遠慮無くあの冷たい手で肌を撫で上げて来る。
「やっ、み…御島さんっ、やめ…止めてくださいッ」
相手の胸元を必死で押し戻そうとするけれど、僕の力で、御島をどうこう出来る訳が無い。
暴れた所為で膝の上にあった本が落ちたが、御島はそれを目で追う事もせずに、僕だけをあの力強い双眸で見据えていた。
縛り付けて離さないかのような鋭い眼差しに、僕が微かに震えた瞬間
病室の扉が開かれる音が聞こえて、御島の名を呼ぶ声が………逸深の声が耳に入った。
「黒鐡(…お前、そう云う事は病院でするなよ」
室内に入って来た逸深は、僕と御島を交互に見た後、御島へと呆れた声を掛ける。
「取り込み中だ。出て行け、」
すると御島は舌打ちを零して、この上無く冷たい、不機嫌な声音を放った。
雰囲気も威圧的なものに変わって、僕が更に身体を震わせると
御島は気付いたように、僕の肩から手を離して宥めるように頭を撫でてくれた。
「いや、俺が出て行くんなら、相馬君も一緒じゃないと困るんだよな。…厄介な事に、当主様が来たぞ」
「…何だと?」
御島は眉を寄せて言葉を発し、直ぐに僕から離れてくれた。
多少乱れた僕の服を御島は何も云わずに素早く直して、僕を一瞥してからベッドの方へと戻ってゆく。
「鈴、直ぐに逸深と出て行け。」
突き放すような言葉にひどく驚いて、半ば呆然としている僕に逸深が近付いて来て、彼は唐突に腕を掴んで来た。
他人に触れられる事に僕は眉を寄せたけれど、逸深は構わないように僕をソファーから立ち上がらせた。
床に落ちていた本に気付いた逸深は、僕の腕から手を離して、上体を少し屈めて本を拾う。
「相馬君、話は後だ。今は此処を出よう、当主様が来る前に―――」
「俺が、どうかしたの?逸深」
拾った本を僕に手渡そうとしていた逸深の動きが、綺麗な声が響いたと同時に止まった。
暫く耳の奥に残るような、響きの良い少し高めのその声に引かれるように、僕は無意識に声のした方へと顔を向けた。
男と呼ぶべきか躊躇いそうなぐらいに、綺麗な顔立ちをした人が目に映って、その人は御島の方へ視線を向けている。
その人の背後には、御島よりは低いだろうけれど、スーツを着た長身の男が立っていた。
涼しげな表情を浮かべているその男は、あの綺麗な人だけに視線を注いでいる。
「黒鐡が入院している事を知って、急いで来たんだ。大丈夫なの、」
「…ええ。ほんの、かすり傷程度ですから」
ベッドの端に腰を降ろしていた御島は慇懃に言葉を返して、綺麗な人に向けて微笑み掛けた。
魅力的、と呼べる微笑だけれど、物腰が全く柔らかじゃなくて、肌を刺すような冷たささえ感じる。
その事に少なからず安堵していると、一瞬だけ、あの綺麗な人と目が合った。
「逸深、そいつ…誰、」
慌てて目を逸らして少しだけ俯くと、不快感を露わにしたような、棘の有る声音が響く。
先ほど耳にした響きの良い声とは打って変わって、それは思わず震えてしまいそうな程に、冷たかった。
「その人は、逸深の新しい恋人らしいですよ。」
素っ気無い口調で答えたのは御島で、その言葉に、思考が上手く付いてゆかない。
御島はどうして……そんな事を云うんだろう。
「黒鐡、言うなよ。相馬君の事は本気だから、あまり人に広めたく無いって云っただろう、」
「へぇ。逸深が本気になるなんて、珍しい。綺麗な顔しているけど、俺程じゃないし…何処に魅力が有るのさ、こんなガキに」
ガキ、と云う言葉がひどく刺々しくて、僕は俯いたまま不快感に眉を寄せた。
御島の不可解な言動も、唐突に現れた名前も知らないこの人の事も
逸深に触れられた事も何もかもが不快で、苛立ちや吐き気が込み上げて来る。
――――だけど。
「まあ良いや。ねぇ黒鐡、久し振りにキスしてよ」
信じ難い唐突なその言葉に、何もかもが、一気に冷えていった。
咄嗟に顔を上げると、その人はいつの間にか御島の膝の上に腰を下ろしていて、御島の頬に手を添えている。
「当主様、貴方には梛鑽(が居るじゃないですか」
「あいつは俺の恋人じゃない、奴隷だ。…そうだろう、ナキリ」
可笑しそうにくすくすと笑いながら、彼は長身の男へと声を掛けた。
男は少し頭を下げただけで、何も言葉を返そうとしない。
「だから黒鐡、遠慮しなくていいよ。…早くしろよ、お前は俺の物なんだからさ、」
御島の首に両腕を絡めて、その人は御島に向けて顔を少し近付けた。
その光景に凍りついて、瞠目したまま目を逸らせずにいた僕へ
あの綺麗な人は視線だけを向けて、どうしてか可笑しそうに口元を緩めた。
逸深と違ってそれはとても厭な笑みで、僕が更に眉を寄せると相手は御島の方へ視線を戻し、早く…と急かす。
「仕方有りませんね。当主様、目を閉じて下さい」
低く、何の感情も籠もっていないような声が響いて、御島はその人の顎を指で掴んで固定した。
ゆっくりと顔を近付けてゆく御島の姿を見ていられなくて、胸が締め付けるように苦しくて、僕は俯いてきつく目を瞑る。
―――――止めて欲しいとはっきり口に出来無いのは、僕と御島が恋人同士でも何でも無いからだ。
―――――僕が二人の行為を阻止したとして、御島に、おまえには関係無いだろうと云われるのが恐いからだ。
今直ぐこの場から逃げ去りたいのに足が動かなくて、僕は唇を噛み締めた。
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