黒鐡......29



 もう一度想いを口にするのは、すごく恥ずかしかったけれど、僕は頷いて口を開いた。
「す……すき、です。僕は黒鐡さんが……好き…、」
 声が少し震えていて、その事がとても恥ずかしく思えて、熱が上がる。
 顔はとても熱くなっているから、きっと真っ赤になっている筈で、それが余計に恥ずかしい。

「もっと言え、鈴。何度でも口にしろ、」
 御島はそう云うと僕の上に覆い被さって、首元へ顔を埋めて来た。
 そこを吸われ、じっくりと舐められるとぞくぞくして、腰に甘い痺れが走る。
 堪らずに御島の名を呼ぶと、相手は喉奥で笑って、僕の上衣の釦に手を掛けた。
 肌を舐り、時折軽く噛んできつく吸いながら、手慣れたように釦を外してゆく御島の姿に、身体が更に熱くなる。
 上衣を脱がされてズボンも下着ごと脱がされ、僕は本当に、あっという間に裸にされた。
 御島はスーツの上着を脱ぎ捨てると、ネクタイを緩めて解き、薄く笑う。
「鈴…今日はたっぷりと、好い想いをさせてやるからな」
 そう云って御島は目を細く眇めて、軽く舌なめずりして見せた。
 御島の表情に背筋が震えて、まるで期待するように、身体の芯が熱くなる。
 僕が恐る恐る頷くよりも早く、御島の唇が重なって来た。
 舌で唇をじっくりと舐めながら、御島は乳頭へと指を這わせて、そこを指で捏ね回す。
「ふ…っん、…ぅ…は…っぁ、あ、」
 乳頭を指で挟んで転がされ、差し込まれた舌に口腔を探られて深く貪られると、じっとしていられない程の快感が押し寄せて来る。
 御島の片手が、内股の辺りを緩やかに撫で上げて来るものだから、堪らない。
 ぞくぞくして思わず腰を捩ると、御島は察したように喉奥で笑って、ゆっくりと口腔から舌を抜き去った。
 濡れた唇を一度舐めた御島は、僕の上体を起こしてから直ぐに身体をずらし、僕自身へと顔を近付ける。
「鈴、もう溢れて来てるぜ」
「はっ…や、ぁ……ん…っ」
 透明なそれを指で掬うようにして先端をなぞられ、それだけで僕は羞恥に身悶えた。
 否定するようにかぶりを振ったけれど、敏感な自身に舌を這わせられると、それすらも出来なくなる。
 熱い口腔の感覚に身体が震えて、甘い疼きが走ったのとほぼ同時に、御島は深くそこを咥え込んで来た。

「あっ…く、ん…んッ…」
 与えられる刺激の強さに、僕は縋るように御島の髪を握った。
 眉根を寄せて目を瞑ると、きつく吸い上げられて、身体がびくびくと跳ねる。
 快感は強いのに身体の奥の方がひどく疼いて、そこをどうにかして欲しくて
 咄嗟に御島を呼んだ瞬間、蕾にひんやりとしたものが触れるのを感じた。
 それは普段感じるもので、うっすらと目を開くと、潤滑液の入ったボトルの蓋を慣れたように、器用に片手で閉める姿が映る。
 御島はボトルを無造作にシーツの上へ放って、蕾に当てていた指を、ゆっくりと侵入させて来た。
 指が奥へ入り込んで来る感触に、僕は大きな嬌声を上げないようにと、再び目を瞑る。
 けれど直ぐに指を増やされて内壁を掻き回され、目を閉じていても、強い快感で涙は溢れてしまう。
 奥を思い切り突かれ、それと同時に自身もきつく吸い上げられると僕は堪らずに、声を上げて呆気なく達した。
 僕の放ったものを飲み干した御島は、いつものようにそこをもう一度きつく吸ってから、ゆっくりと顔を上げた。
 だけど彼の指は抜かれる事無く、卑猥な水音を響かせながら、内部で蠢き続ける。
「ああ…んっ、や、ああ…っあ…ッ…!」
 休む間も無く責め立てられ、僕は何度も首を横に振った。
 すると、普段ならそんな僕を楽しんで指を抜こうとしない御島は珍しく、いきなり指を抜いた。
 彼は上体を起こしていた僕の身体を押し倒して、再びシーツの上へと沈ませる。

「くろ…がね、さ…、」
 どうしたのかと考えて息を弾ませながら相手を呼ぶと、御島はワイシャツを脱ぎ捨てて半裸になり、潤滑液が入ったボトルを再び手にして蓋を開けた。
「可愛いな、鈴。可愛くて堪らねぇよ……何もかも、喰い尽くしてやりてぇ」
 普段と違う、何処と無く切羽詰まったような御島は、苛立ったように舌打ちを零した。
 喰い尽くすとは何かと不思議に思っていると、彼はズボンの前を開いて
 僕のよりも数倍は大きい――――既に勃ち上がっている、猛々しく赤黒いものを取り出した。
 目にしたそれの雄々しさに思わずひっと悲鳴を零して、僕は逃げるように少しだけ身体を上へずらす。

「く、黒鐡さん…まさか、」
「いい加減、限界なんだよ。おまえが気付くまで耐えたんだぜ、」
「む…無理ですっ、そんな…そんなの入る訳が…っ」
「挿れてみれば、分かるだろ」
 御島の言葉に血の気が引いて、僕は慌ててかぶりを振った。
 覆い被さって来た御島の威圧感に身体を震わせて逃げようと動くが、それよりも早く強い力で腰を掴まれて、逃げようにも逃げられない。
 僕の腰を掴んでいるその手は、怪我をしていた方の手だったけれど
 もう包帯は巻かれていなくて、抜糸も済んでいる傷痕だけが目に映った。
 傷痕は少し皮膚の色が違っていて、少しばかり盛り上がっているようにも見える。

「鈴、これ以上耐えろと云うなら、俺は死んじまう」
 痕が残ってしまったんだと考える僕に、切羽詰まった口調で御島は言って、ボトルの中の液体を雄々しく逞しいそれに塗り付けた。
 そして直ぐに蕾へとそれを押し当てて来たから、僕は小さな悲鳴を上げてしまう。

 御島は他の人を抱かなくなったのだし、だから性欲を抑えて耐えるのは
 もう限界なのだろうけれど………だけど、恐くて恐くて、仕方ないのだ。

「ま、待って、待って下さい…黒鐡さん…」
 震えた声を零すと御島は片手を動かして、僕の頭を優しい手付きで撫でてくれた。
 前髪を掻き上げるようにゆっくりと撫でられ、額に口付けまでされて、身体の奥が熱くなる。
「鈴……いいか、」
 熱の籠もった双眸で見据えられ、低い声音で静かに尋ねられて、僕は嫌だとは言えなかった。

 恐くて恐くて、堪らない。
 身体は震えるし、緊張して、逃げたくて堪らない。
 だけど、僕は――――――僕を求めてくれる御島と、繋がりたい。

 そう思って頷くと、御島はいい子だと笑いながら言って、また僕の頭を撫でてくれた。
 いつ挿れられるのかとびくびくしていると、御島は喉奥で笑って、顔を近付けて僕にキスをしてくれる。
 重なる唇の感触に鼓動が速まって、優しいキスに安堵した瞬間、ぐっと御島のそれが押し入って来た。
「ぅ…あ、…っ、」
 指とは比べ物にならないぐらいに圧迫感が強くて、内壁を押し広げられる感覚に、鈍い痛みまで感じる。
 眉根を寄せて唇を噛み締めようとするけれど、御島の舌が口腔へ滑り込んだ所為でそれは出来なかった。
 熱く猛った御島自身はようやく太い先端を侵入させ、それから一度も動きを止める事無く、ゆっくりと奥深くまで埋め込まれてゆく。
「は…んっ、ぅ…んっ」
 舌を御島の舌で擦られ、上顎をじっくりと舐られて、あまりにも気持ちが好くて脱力していた所為か
 それとも潤滑液のお陰か、御島のそれは意外にもすんなりと奥まで到達した。
「鈴…全部入ったぜ、……辛いか、」
 唇を少し離した御島が目を細めて微笑し、僕の頬に手を当てて囁くように尋ねて来る。
 圧迫感は強いけれど、想像していたよりも辛く無いし、痛みもひどいものじゃない。
 だから小さく首を横に振ると、御島は啄ばむような軽い口付けをした後に、喉奥で笑った。
「散々、俺の指で慣らした甲斐が有ったって訳だな、」
「んあ…やぁっあ…ッ、」
 不意打ちのように、奥の感じる箇所を何度か緩く突かれると、甘い痺れが走って身体が仰け反った。
 咄嗟にシーツを掴むと、その手を押さえ付けるように御島は握って来て、緩やかな抽挿を始める。
 御島の熱すぎるそれで内壁を擦り上げられる感覚に、息が弾んで、徐々に快楽は強まっていった。

「黒鐡さ…好き、…は、ぁ…あ、…ん…ぁっ、好き…っ」
 僕の手を押さえつけるように握っている御島の手を、強く握り返して、夢中で想いを告げる。
 好きだと口にすると、快感が余計に強まってゆくように感じて、芯から痺れるような甘い愉悦に僕は更に涙を零した。
「……鈴、もう我慢し切れねぇ、」
「ひっ、あぁ――ッ…!」
 緩やかな抽挿を繰り返していた御島は、いきなり腰を引くと、思い切り奥を突き上げて来た。
 目が眩みそうな強烈な快感に僕は呆気なく達して、何度か痙攣を繰り返す。
「うぁ…あっ、や…だめ、やだ…っ、」
 達したばかりでまだ痙攣も止まない内に再び動かれて、身体がヒクヒクと震える。
 首を何度も横に振って、動きを止めて欲しいと願っていたのに、御島は目を細めて僕を眺めているだけで、止めてくれない。
 荒々しい抽挿を繰り返されて、奥の感じる箇所を的確に突き上げられ、あまりの強い快楽に僕は何も考えられなくなる。

「すげぇな、鈴…好過ぎるぜ。嬉しくて嬉しくて、たまらねぇよ。……イカレちまいそうだ、」
 御島が僕の耳元で、満足気な吐息を零しながら低く囁いて、耳朶を緩く噛んで来る。
 汗が伝う身体にシーツが纏わりついたけれど、不快感なんて感じなかった。
 御島の手をきつく握って、もう片手は縋り付くように、御島の肩を掴む。
「…黒、鐡さん、くろが…ね、さ……やっ…も……っあ、ぁッあ――…っ」
 僕ははしたない声を上げながら、再度押し寄せてきた濃過ぎる絶頂感に耐えるように
 御島の肌にきつく、爪を立てた。




 人に抱かれたのは初めてだったと云うのに御島は加減を知らず、自分が達しても飽きずに、昨日は何度も僕を抱いた。
 体力の無い僕が疲れきって、ようやく行為は終わったのだけれど、御島はまだ物足りなさそうだった。
 もしかすると、これから毎日何度も抱かれるのかと思うと、少し気が重くなる。
 行為自体はひどく気持ち好かったが、何分とても疲れるし腰も痛いし、これでは身体が持たない。
「大丈夫か、鈴」
 目を覚ましたものの身体が怠い所為で動けず、ベッドの上で横になったままの僕の頭を、御島はゆっくりと優しく撫でてくれる。
 大丈夫な訳が無いじゃないかと、責めるように相手を見ると、御島は満足そうに口元を緩めた。
 嬉しそうな御島を見ていると、下肢の鈍痛も倦怠感も、薄れるような気がする。
「明日も動けないようだったら、予定は全て取り消して、ずっとおまえの傍に居て看病してやるよ」
 御島の優しい声色に心がひどく熱くなるのを感じて、彼の言葉が嬉しくて嬉しくて仕方がない。
 どうしてか無性に甘えたくなって、ゆっくりと上体を起こすと
 御島は直ぐに僕を抱き寄せ、丁寧に膝の上に乗せてくれる。
 彼の膝上に乗せられると、甘えても良いのかと強い気持ちが込み上げて来て、僕は躊躇いながらも
 御島の胸元に顔を付けて、少しだけ甘えるように、その胸へ頬をすり寄せた。
 すると御島はどうしてか苛立ったように、大きな舌打ちを一つ零した。
「おまえがそう云う事をすると、本当に堪らねぇな……壊れるまで、抱いちまいそうだ」
 壊れるまで、と聞くと僕は慌てて、相手の胸元から顔を離したけれど
 御島の片手はしっかりと僕の腰を抱いているから、逃れる事は出来なかった。

「今日はヤらねぇから、安心しろ。だが、これから先は今まで以上に目茶苦茶に可愛がってやるからな……覚悟しろよ、鈴」
 御島の双眸が意味深げに細められて、彼はうっすらと舌なめずりまでしたものだから
 可愛がる、と云う言葉に別の意味が含まれていそうで、僕はとても恥ずかしくなって少しだけ俯いた。
「も、もしかして…毎日、何度もする気ですか、」
「さあ、どうだろうな。そこら辺は、俺の気分と鈴の態度次第だと思うぜ」
 御島はそう答えてから、あまり心配するなと言葉を続かせて、僕の頭をゆっくりと優しく撫でた。
 その感触が心地好くて僕は恐る恐る手を動かし、自分とは全く体躯の違う彼の背へ手を回し、少し躊躇いがちに初めて御島に抱き付いた。
 一瞬だけ驚いたような表情を浮かべた御島は、すぐに笑って、きつく僕を抱き締めてくれる。
「……鈴、幾らでも甘えろよ。おまえは本当に可愛くて可愛くて…大事にしてやりたくなる程、愛しくてたまらねぇ」
 甘い囁きに芯から蕩けてしまいそうで、嬉しそうに目を細めて笑う御島に、胸が熱くなる。

 心が、ひどく温かくて、心地好い。
 喜びよりも強いこの感情は、以前にも感じた事が有る。
 この感情は何だろうかと考えて、御島が以前教えてくれた―――その言葉が当てはまったら
 もうそれは幸せだと、そう云った彼の言葉が不意に頭に浮かんだ。
 これが幸せと云う感情なのかと考えて、僕は今、幸せなのかと自問して………答えは、呆気ないぐらいあっさりと浮かんだ。

 少し顔が熱くなるのが分かって、僕は御島に抱き付いたまま、薄く唇を開いた。
「あ、あの…黒鐡さん、僕を幸せに、してくれるんですよね…?」
「ああ。お前の望みはいくらでも叶えてやるし、泣きたくなるぐらい幸せにしてやるよ」
 甘い囁きが耳をくすぐって、とても柔らかい雰囲気が心地好くて………心が、温かいもので一杯になる。


 ………僕の心は、半分以上が空っぽだと思っていた。
 冷たい塊の、まるで鉄のような心だと思っていた。
 でも今の僕の心は、そのどちらでも無くて―――――それを気付かせてくれたのは、御島だ。
 御島だって名前通りの、鉄のような冷たい心を持った人なんかじゃない。
 冷たい鉄の塊でも無いこの人は、何よりも温かくて優しくて
 僕にとってかけがえの無い、大切な存在だ。

「黒鐡さん、僕…今、泣いてしまうかも知れない。……幸せ過ぎて、」
「泣いちまえよ。幸せでおまえを泣かす事が出来るなんて、最高じゃねぇか」
 御島の優しい声が響くと、僕は堪え切れずに、涙を零した。
 零れる涙を舌で舐め取ってくれた御島は、あやすように額や頬に、何度も優しいキスをくれる。

「……っ…黒鐡さん……好き…大好き、」
 想いを口にすると御島はまた嬉しそうに笑ってくれて、唇を深く重ねてくれた。


 ―――――僕は、この人が好きで好きで、たまらない。
 御島が傍に居てくれて、こうやって笑ってくれることが嬉しくて
 頭がおかしくなってしまいそうな程に、生きていて良かったと思えるほどに
 僕は今この瞬間、何よりも………………幸せだ。

 僕は死ぬまで、この人の傍に居たい。
 この人と一緒に………生きたい。

 心からそう強く願って、僕は彼の温かさに浸るように
 涙が零れる瞳を、そっと閉じた。




終。



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