学校…02(終)

 ――――いますぐに、触れたい。兄貴は僕だけのものだと、実感したい。
 醜くて強い衝動を抑えられる余裕も無く、僕は口を開いた。

「兄貴、僕…いい事を思いついたよ。」
 顔を近付けて、声を潜める。
 兄貴の後ろ側には事務所が見えるけれど、事務員は此方に目を向ける気配も無い。
 続いて、周囲を確認してみても、カフェテリアにいる人達は見向きもしない。
 勉強をしていたり、携帯電話やノートパソコンを操作していたり、自分のことだけに集中している。

「いい事? 淳平の考えるいい事なんて、ろくなものじゃないだろ。」

 その通りだ。僕の考える事は、他からして見れば呆れるぐらいの、くだらない事だ。
 ――――でも。

「うん…どうやったら兄貴が、僕のことを考えていてくれるかな、って。本当に、くだらない事だよ。」
 わざと口にだして云ってみると、筆記していた兄貴の手が、ぴたりと止まった。
 兄貴の目が、ゆっくりと向けられる。
 視線が絡み合って、離せない。

 彼は、くだらないとは、云わない。
 誰もが呆れるぐらいの、くだらない考えを―――僕が、言葉に出した感情を
 くだらない、とけなした事なんて、彼は一度も無い。
 だから僕は、いつだって彼の優しい心に甘えてしまう。


「どんなのだよ、」
「こんなの、」
 周りに気を配る事も忘れ、僕は口元に笑みを浮かべて、囁く。
 少しだけ顔を動かして、彼の唇に軽く触れた。

 極僅かな、一瞬とも呼べる間だったけれど
 唇の感触は思ったよりも、はっきりと感じ取れた。

「涼、好きだよ。」
 彼の手を取って、指を絡ませ、囁く。
 すると、呆然としていた兄貴の顔が、徐々に赤みを帯びていった。

 兄貴は何も答えずに目を伏せて乱暴に手を離し、再びノートへ文字を刻み始める。
 きれいな字を丁寧に書き込んでゆく内、彼は少し俯き、赤らんだ顔を隠す。
 本当に、かわいくて堪らない。


「ねえ、兄貴。今、なに考えてる?」
 口元が緩むのも抑えられないまま尋ねると、彼の手が止まる。
 ゆっくりと上げられた顔は、まだ少し赤くて魅力的だ。
 双眸は、まっすぐに僕をとらえている。


「……おまえの事、」
 ぽつりと零して、彼はすぐにノートへ顔を向けてしまう。

 涼の言葉が、うれしくてうれしくて、仕方が無い。
 彼が愛しくて、好きで好きで、たまらない。

「大学でデートって云うのも、良いね。」
 小さく笑い声を零すと、兄貴は呆れたように溜め息を吐く。


 「勉強だろ」と、直ぐに素っ気無い言葉が返ってきたけれど
 その顔には、照れくさそうに、ほんの少しだけ…………微かな笑みが浮かんでいた。


終。


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