証…4
嫉妬なども、今まで一度もおもてに出したことは無く、ましてや皮肉を口にするなど考えられない。
短時間で、今までにない言動を重ねられては、驚くよりも気掛かりになってしまう。
受話器越しで最後に聞いた蓮の声は、ひどく沈みきっていた。
やはり辛いのかと、嘉島は眉を顰めて思案に暮れる。胸の内は、蓮のことばかりだ。
「ねぇ、憲吾さん…」
真顔になり、店員達に目も向けなくなった嘉島の様子に気付き、傍らの女性が不意に名を呼ぶ。
嘉島の肩へ寄り掛かるように頭を置いて腕まで絡め、艶かしい眼差しを向けてくる。
男を誘うような、甘い声で、嘉島の名を再度呼んだ。
視線だけを相手に向けた嘉島は、忌々しげに舌打ちを零す。
――――蓮の方が、遙かに美しい。
そう易々と、蓮ほどの美しい人間は見つかりはしないとも、思う。
「憲吾さんたら…ねぇ、こう云う時にしか来てくれないんだから」
顔を近付けた女が、ねだるような甘ったるい声色を響かせると、嘉島はより一層眉を顰めた。
「邪魔だ、退け」
心底鬱陶しげに冷たく鋭い声を放ち、嘉島は相手の髪を強く掴んだ。
女が悲鳴を上げ、絡めていた腕を離しても嘉島は容赦なく、軽々と引き剥がして突き飛ばす。
床に倒れ込んだ女には目も向けず、椅子から立ち上がり、付き添いの一人へ顎をしゃくる。
男は軽く頭を下げ、車を回そうと急ぎ足で店を出て行った。
「藤橋、悪いが俺は先に帰らせて貰う。大事な用を思い出したからな」
傲慢な言動にも、藤橋は不満の色など見せず、立ち上がって何度も頭を下げた。
まるで犬のような奴だと、嘉島は蔑むような冷めた眼差しで相手を見据える。
「そうだ、親分。待ってください…今日は親分に喜んで貰おうと思って、良い物を持って来たんですよ」
頭を上げた藤橋は、周りに聞かれまいと声を潜めながら、取り出したものを嘉島の背広の隠しへ強引に押し込んだ。
そして、微かに下卑た笑みを浮かべる。
「何だ。これは」
低く鋭い声が響くと、藤橋は慌てたように何度か顔の前で手を振った。
「誤解しないで下さい親分。私は親分とは、長く付き合いたいんです。
親分の気を損ねるようなヤバイものなんざ、渡しませんよ。こりゃ、ただの催淫剤です」
「そんなもん俺に渡して、何の得が有る」
真意を図ろうと、嘉島は鋭い双眸を細めた。
嘉島の表情が変化する度に強烈な緊張感が襲い、藤橋は必死でかぶりを振る。
武闘派嘉島組の名は、あまり類のない激烈な報復行動で跡形も無く相手を潰す事で、知れ渡っている。
藤橋商事を取り込もうとするヤクザは少なくは無いが、どうせ取り込まれるのなら名の知られた所が良い。
そのうえ、恐れるものは無い武闘派嘉島組とあれば、藤橋にとってこんなにも良い話は無かった。
だが、一度気を損ねれば、藤橋と云えど唯では済まない。
嘉島の表情や行動に常に気を配り、気を良くさせるのは難しいが
自分の会社の安定を思えば幾らでも耐えられるし、媚びる事も出来る。
「云ったでしょう、親分に喜んで貰おうと思っただけです。私は貴方の機嫌を取りたいんですよ……ただ、」
言葉を一度区切った藤橋の姿に、嘉島は微かに眉を動かした。
その心情を察したように、傍らで待機していた護衛の男が動こうとするが、嘉島は片手でそれを遮る。
「…この俺に、条件を出すつもりか?」
鋭利な声が響き、藤橋の背を冷や汗が伝う。
穏やかとは呼べない嘉島の雰囲気に圧倒され、藤橋は固唾を呑んだ。
―――――嘉島と云う男は、ひどく扱い難い。
度胸の有る人間を気に入るらしいが、有り過ぎる人間は癪に障るのだと、藤橋は以前、聞いた事が有る。
「い、いえ、条件なんて、とんでも有りません。ただ…それ、じわじわと効いて来ますが持続性は高いんで、相手には少々堪えるかも知れません」
藤橋の言葉に、嘉島は鼻で嗤っただけで言葉を返さず、背を向ける。
背後で、まだ何かを云っている藤橋の声が聞こえたが嘉島はもう耳を貸さなかった。
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