証…5
――――何度見ても、顔はいいな。勿体ねぇやな…てめぇが女だったら可愛がってやれたんだが。
――――流石に男は抱く気にはならねぇよ。異常だもんなぁ、人間以下の畜生になっちまう。虫唾が走るぜ。
冷笑を浮かべた男が―――菅田が、いきなり腹を蹴り付けた。
激痛に呻き、床をのたうちまわる自分を、冷たく見下ろす幾人もの男たち。
ここは地獄だと、何度も蓮は考える。
早く楽になりたいと願い、舌を噛もうと決意した瞬間、扉を叩くような音が遠くから響いた。
はじめは間隔をあけていたが、次第に音量が上がってゆく。間隔も、短くなる。
騒がしい、と。ぼんやり考えた蓮は悪夢から抜け出し、現実に戻された。
いつの間にか絨毯の上で、眠ってしまっていた。
身体を起こせば、部屋の扉が乱暴に叩かれて微かに揺れ動いている。
幻聴じゃなかったのだと判断し、震える身体を動かして机上にあるリモコンを操作した後、扉へ近付く。
ノブに手を掛けて回し、扉を開けて外を窺い見ると、憮然とした表情の嘉島が立っていた。
驚きで目を見開いた蓮の姿に、嘉島は眉を顰めて舌打ちを零す。
帯も緩んでいた所為で、蓮の着物は多少乱れ、白い肌が露出していた。
「おまえ、そんな格好で人前に出るんじゃねぇよ」
再度舌打ちし、室内へ足を踏み入れると、後ろ手で扉を丁寧に閉める。
鍵の掛かる音が響いた瞬間、蓮が唐突に抱き付いてきた。その身体は、頼りないほど震えている。
片手で抱き返した嘉島は、骨格の細い蓮の顎を掴み、強引に上向かせた。
「……嘉、島…さん…」
「違うだろう、蓮。この俺が急いで帰って来てやったんだ。いつまで拗ねてやがる」
「…憲吾、さん…憲吾さん、おかえりなさい…」
素直に訂正し、首へ両腕を絡めて縋りついてくる蓮の姿に、嘉島は大いに満足した。
顎から手を離した嘉島は、蓮の髪に指を滑らせて緩やかに梳いてやる。
「風呂に入ったのか…まだ少し髪が濡れているな」
上体を屈め、蓮の肩口へ顔を寄せて風呂上りの匂いを堪能するが、華奢な身体は震えたままだ。
それに気付いて少し離れると、蓮は逆にしがみついてくる。
「もっと…もっと強く、抱き締めてください…恐くて、たまらないんです」
今にも泣きそうな声を出され、蓮の心がどれほど不安定になっているかを知る。
過去の忌まわしい記憶に苦しんで、必死に耐えていたのだろう。
この日を忘れていた事に、多少罪悪感を抱いていたのもあってか
嘉島は珍しく、こんな日に蓮を一人にさせてしまったことを胸中で悔いた。
「……思い出すのか、菅田の野郎を…」
今となっては、この世にいない男の名を呟く。
名を耳にした蓮の身体は、びくりと一度だけ跳ねた後、大きく震えだす。
忌々しげに舌打ちを零した嘉島が、軽々と蓮を抱き上げた。
蓮は抵抗する素振りも見せず、首にしがみついてくる。
その白い両腕は、小刻みに震えていた。
ひどく怯えている蓮の様子に、嘉島は寝室へ向かい掛けていた足を止める。
やがて巨大な水槽の前へ進むと、蓮を絨毯の上へ静かにおろしてやった。
「今日は此処で、やるか」
「……え、」
「俺が傍にいて抱き締めるだけで、記憶が吹き飛ぶ訳でもねぇだろう」
「でも、憲吾さん、疲れているんじゃ…」
今夜は寄り添って眠るものだと思っていた蓮は、戸惑いを隠せない。
出来ることなら、嘉島と肌を重ねたい。
愛しいひとの手に溺れて今日だけは、なにもかもを忘れてしまいたい。本心は、そう願っている。
けれど、多忙な嘉島は三日も睡眠をとっていないのだと田岡から聞かされたのだから、ゆっくり休んで欲しいとも思う。
「おまえのその格好をみたら、疲れなんて吹き飛ぶ。……似合っているぜ、その着物」
珍しく褒められ、蓮は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに表情を緩めた。
嬉しそうに笑う蓮に惹かれるように嘉島は顔を近付け、唇を重ねる。
唇を舌で割り、口腔へ侵入すると、すかさず歯列をなぞった。
蓮の手が肩を掴んできたが、拒む気配は無く、自ら舌を絡めてくる。
ぎこちない動きで擦り上げてくる舌を器用に捕らえ、きつく吸い上げると、蓮の身体がびくりと震えた。
忌まわしい記憶に苦しんで冷え切っていた身体が、熱くなってゆく。
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