証…09

 丁寧に拭く様子をじっと見守っていたが、足の指先まで拭かれると
 擽ったく、それでいて心地好い感覚に苛まれ、蓮の身体は微かに震えだす。
 そこが性感帯だと云うことを承知しながら、嘉島は念入りに、指の間を拭いてゆく。
 気恥ずかしそうに顔を少し背けた蓮の姿を思う存分堪能した後、嘉島はようやく解放してやった。

「…憲吾さん、ありがとうございます」
 身体を拭き終えた嘉島に向けて、蓮は多少、はにかみながら礼を口にする。
 嘉島に視線を中々合わそうとせず、やがて照れくさそうに笑ってみせた。
 その笑顔に暫し視線を注いだのち、嘉島は蓮の隣へ腰を降ろす。

「もう夜が明けているが………どうだ、まだ辛いか」
 嘉島なりの、珍しい労わりの言葉が掛けられると、蓮はそれだけで鼓動を速めた。
 何度も抱かれた身体では無く、心のことを訊いているのだと素早く察する。

 あれほど怯えていたのが嘘のように、身体の震えはおさまっている。
 あの忌まわしい、地獄のような日々を思い出せば
 背筋が凍りついて息苦しくもなるが、昨夜ほど心が揺らぐことは無かった。
 それほど、昨夜は情動が不安定だったのだ。

 ゆっくりとかぶりを振った蓮は、申し訳無さそうに目を伏せ、唇を開く。
「憲吾さん…ごめんなさい、僕…昨夜は本当に駄目でした。
憲吾さんに生意気な態度を取って、我儘まで云って……その、妬いてしまったりもして…自分が恥ずかしいです」

 悔しげに下唇を噛んで、蓮は俯いた。
 身体に刻み付けられた無数の傷痕が視界に入り、震えた声で言葉を続かせる。
「こんな身体じゃ、貴方を縛り付けることも出来無いなんて考えたりもして…そんなことを思う時点で、間違いなのに」
「くだらねぇな、」
 それまで黙って聞いていた嘉島が、不意に言葉を挟んだ。
 瞠目し、咄嗟に顔を上げた蓮を、いささか乱暴に抱き寄せる。
「身体だけで俺を縛れると思っているのか、おまえは。
笑わせるなよ、蓮……それだけでこの俺が、満足する筈無いだろう」

「…で、でも……僕より魅力的なひとは、たくさん居るんですよ」
「それがどうした。他の奴なんざ、眼中にねぇ」
 きっぱりと返されて、蓮の瞳が揺らぐ。
 嘉島らしい、飾らない言葉が心に直接、沁み込んでゆく。
 心の奥底で渦巻いていた、強烈な不安が薄らぐのを感じながら、蓮は嘉島の背へと腕を回す。
 その様子に、嘉島は口端だけを上げて薄く笑い、蓮の耳元へ顔を近づけた。

「蓮、忘れるなよ。おまえのすべては、俺のものだ。
もう身体だけじゃ満足できねぇ……分かったら、二度とくだらねぇ事は云うな」

 傲慢で、独占を通り越した支配的な言葉が、蓮の心を強く縛り付けて離さない。心が、強い喜悦で震える。
 身体だけでなく、心まで嘉島に縛られることが、幸せで堪らないのだ。


 嘉島の存在が自分のなかで、何よりも、色濃くなってゆく。
 忌まわしい記憶に対する嫌悪感も畏怖も、力強い嘉島を前にすれば、あっさりと色褪せ、薄れてゆく。
 嘉島さえ、いてくれればもう―――――恐れるものなど、無い。


「好きです、憲吾さん……僕は、憲吾さんになら、すべて差し上げます」
 蓮は表情が緩むのを抑えられず、微笑みながら嘉島の胸へ顔を埋めた。
 嘉島の指が、応えるように背を撫で、項をなぞり、髪に触れてくる。

「おまえは死ぬまで、俺のものだ。……俺以外の野郎の痕は、もう二度と、付けさせねぇ」
 心地好さにうっとりと浸っていた蓮の耳に、力強く、低い声が響く。
 強烈な幸福感に包まれながら、蓮は何度も頷いてみせる。

 満足げに笑った嘉島が、嫌悪も、躊躇いの色も無く、蓮の傷だらけの肌へと…………

 何度も、何度も、まるで証を刻み込むように、優しい口付けを降らせた。

終。



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