接合…2
「いや、その…上手いなって思って」
「それはどうも」
西藤はさして喜ばず、すまし顔で短く返した。
褒められるのが嫌いなのか、それとも慣れているのか、牧村には分かる筈も無い。
会話に詰まった牧村を見抜いたかのように、西藤は訊かれてもいない事を語りだす。
「俺、ガキの頃から書いてるんだよ。小学生の頃まで書道塾に通わされてたし…別に、書家になるつもりは無いんだぜ」
「だからそんなに上手いのか」
「これぐらい誰でも書けるだろ」
軽い口調で云われて、牧村は返答に困る。
沈黙が続くと、西藤はまるで興味を無くしたように半紙へ向き直ってしまう。
西藤の態度に強い焦燥感を抱いた牧村は、咄嗟に言葉を紡いだ。
「西藤はさ、何で女ばかり書くんだ。その字、書き難くないのか、」
「……知りたい?」
牧村へ再び顔を向けた西藤が、口元を緩ませてほんの少し、悪戯っぽく笑う。
意図が含まれているかのような笑みに、牧村は若干警戒しながらも頷いた。西藤の笑みが、いっそう濃くなる。
「教えてやらない」
だが次の瞬間、きっぱりと言い捨てられて呆然とする。
徐々に不満が込み上げ、西藤は嫌な性格をしていると考えた牧村は顔を背けた。
憤りを抑えようと筆を手にすれば、すぐさま声が掛かる。
「なあ、子どもって書いてみて」
牧村の心情などまるで気付いていないかのように、挨拶でもするような軽い物言いだ。
余計に腹が立ったが、眉を寄せて睨みつけても西藤は平然としている。
「……なんで、」
「いいから書けって」
尋ねれば、強い口調で返されて脇を肘で突かれ、牧村は早々に会話を切り上げたい一心で渋々従う。
墨を含ませた筆をおこし、云われた通り「子供」と書く。
書き終えると、まだ墨が乾いていないのにも関わらず西藤は半紙を取り上げ―――――破いた。
とは云っても「子」と「供」が、上手く分かれるようにして破かれている。
「…何のつもりだよ、」
「見ろよ。俺と、お前の字を合わせれば、好きって字になるんだぜ」
「だから…なんだよ…」
「女って字は面白いんだ。組み合わせれば色々な字になる。
女部だよ、知っているだろう、…こんどは又って書いてみろよ。また会おう、とかの又だぜ。間違えるなよ」
早口で捲くし立てられて呆気に取られていると、「早く書けよ」と促され、牧村は慌てて書き始める。
完全に、西藤のペースにのまれていた。
書きあがると、先刻と同じように西藤の「女」と合わせられる。
「奴って字は、とりこって意味も含むんだぜ。……俺、おまえの虜」
「なにを…馬鹿な冗談はよせよ、」
戸惑う牧村に構わず、西藤は「又」の文字を指でなぞり、指についた墨をじっと眺めた。
「なあ、牧村。好きって、どうして女と子って書くのか知っているか、」
「知らない…なんで?」
「女が子どもを大切にして可愛がること、から来てるんだぜ。
要するに、男の思想なんだよ。女が部首にくる漢字は、美しいって意味が多いしさ。
男の場合は、兄とか弟とか文字が独立しているのに比べて、女は妹とか姉とか必ず“女”がついているだろ」
「差別…じゃないのか、それって」
「そう。漢字に性差別があるんだよ。昔の男社会って、すげぇよな。
でもさ、嫉妬とか媚とか…女を良く見てるってカンジ。
嫌って云う字なんか、女が人間において飽き足りぬって意味なんだぜ、サイテー」
最低、と言っている割には、西藤の表情はやけに愉しそうだ。
まるで、女の厭な部分を何度も見てきたかのような西藤の口ぶりを前にして、女を知らない牧村は同意も否定も出来無かった。
少し躊躇ったのち、牧村は浮かんだ疑問をそのままぶつけてみる。
「西藤は、女が嫌いなのか?」
「すきだぜ。きれいで、強かで、かわいくて…時折、醜くも恐くもなる。すげぇ面白いよな」
「それって……ほんとうに好きなのか、」
「さあね。でも、勃つのはおまえだけだよ」
西藤の口元に、下品な笑みが浮かぶ。
しかも臆面無く平然と云ってのけるものだから、牧村の方が恥ずかしくなってしまう。
気持ちが悪いでは無く、恥ずかしいのだと気付いた牧村は、内心驚く。
嫌悪感も不快感も、微塵も湧いて来ない自分の心境に戸惑っていると、西藤が親しげに名を呼んだ。
「牧村、知ってるか? 威力の威も、部首は女なんだぜ」
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