接合…3

「……女は怒らせると怖いってことか、」
「違うね。威は、そんな可愛い成り立ちじゃない。弱い女を武器で脅す様子をあらわしているんだ。
すげぇよな、まさに男社会って感じがするだろう」
「西藤…なんでそんなに女部について詳しいんだ?」
「ああ、俺さ、おまえのこと考えるとムラムラしちゃってさ。で、漢字辞典ひくわけ。 そしたら漢字の成り立ちとか書かれてあって面白くてさ」
 そこで、どうして漢字辞典をひく行動に繋がるのか、牧村には理解出来ない。
 ただただ呆然としていると、西藤はそれ以上言葉を紡がず、いつものように「女」を書き始める。
 告白めいた事を云ったかと思えば、今度は興味すら無い素振りで………つかみどころがない。
 犬に噛まれたとでも思っておこうと決め、牧村は半紙を一瞥した後、漸く「夏」とだけ書いた。

「なあ、」
 続けて二つ目の文字を書こうとした牧村の耳に、西藤の声が響く。
 視線を向ければ、西藤は手をとめて此方をじっと見据えていた。
「おまえの字ってさ、下手だけど、ぎこちなくて可愛いよな。すげぇ好き」
 けなされているのか褒められているのか分からず、牧村は礼を云うことも怒ることも出来無い。
 好きと聞いても本気には取れず、居心地悪そうに視線を逃す。
 その先に、西藤の「女」と牧村の「子」が合わさった字が映る。目が、逸らせない。
「書には人間性が現れるって云うけど、それって本当かも。……なあ、女部なら俺がこれからも書いてやるよ」

(それは、つまり―――これからも、一緒に居るって事か?)
 明るい声が耳に入ると牧村はようやく視線を移し、西藤に向けた。

「俺の云いたいこと、分かる? ただ傍に居たいってだけじゃないぜ」
 西藤が指を動かし、別々の文字を合わせて一つになった「好」を指し示す。
 意味深に笑う西藤の姿に、ようやく理解した牧村は慌てて顔を背けた。熱が、一気に上がる。
 返答に困り果てている牧村の耳に終業を告げるチャイムが鳴り響く。
 すると西藤は、牧村の返答などまるで興味が無いかのように後片付けを始めた。
 先刻、牧村が書いた「供」や「又」までちゃっかり鞄におさめ、硯を牧村の机上へ置き、合わせていた机を離した。

「じゃあな。俺、帰りのホームルームは顔出さないって決めてるんだ」
「えっ…おい、これ…硯、」
「それ、おまえの硯。使い心地良いのな。きもちいいぐらい、墨がおりたぜ」
「盗ったのか、」
「人聞きが悪いな。借りたって云えよ。でも、おまえの墨は全部使っちゃったんだ。ごめん。だから俺の、やるよ」
「使ったって…そんなに書いたのか」
「ほんとはさ、女を書いていたのって、牧村と繋ぎ合いたかったからなんだ。
女と繋げられる文字、書いてくんないかなって…おまえの字を見ながらずっと考えてた。牧村のこと考えたら手が踊るんだ。
牧村の硯と墨だって思ったら止まらなくて…女ばかり、馬鹿みたいに書きまくって気付いたら夜が明けてた。
でもそんなのじゃ、もう足りない。……ひとつになりたい」

 場所を全く意識していないかのように、直球的な姿勢を崩さない西藤に、牧村は臆した。
 目の前に、一つになった文字が置かれる。
 心臓が跳ね上がって、牧村は西藤の顔を真っ向から見れなかった。

「じゃあ、俺の云ったこと、ちゃんと考えといて」
 横目で見れば、西藤は自信たっぷりに笑っていた。
 そして惜しむ様子も無く席を立ち、去ってゆく。


(……何なんだろう、あの余裕は。)

 一度も振り返らずに教室を出て行った西藤を見送り、牧村は溜め息を吐く。
 視線は無意識に、二つの字が繋ぎ合った文字に向かう。
 馬鹿な。悪い冗談だ。と考えるけれど、視線は張り付いたままで離せない。
 文字は言葉よりずっと鮮明だと、牧村は思う。言葉は一瞬で消滅するのに、字は強く残るのだ。


 ―――――指先が、ちりちりする。
 胸の奥が騒がしくて、憤りのような、焦燥感のような、何とも云えない感覚が湧き上がってくる。
 この感情は何だろうと訝り、喉を絞められたような息苦しさに牧村は目を瞑った。


 西藤が置いていった文字が瞼の裏に焼き付いて
 いつまで経っても、消えることはなかった。


終。



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