本…6
「文違が分かってねぇから教えてやったんだぜ。礼、言えねぇのかよ? それと、俺を卑怯者扱いした謝罪もな」
「……柿沼のその、意地悪い顔がむかつくから言いたくない。」
にやついている柿沼から顔を背け、反抗的に返す。
すると柿沼は、肘をついているほうとは逆の手で、やや乱暴に文違の襟を掴んだ。
「生意気だな。いいぜ、別に。おまえが言うまで離さねぇし」
「…冗談だろ、一生此処から出ないつもり、」
「おまえ、一生言わねぇ気か」
呆れた声が掛かるが、文違は表情を崩さず、鬱陶しそうに柿沼を見る。
見たと云うよりも睨んでいるに近かったが、柿沼からすれば迫力に欠けていた。
「じゃあ言わなくていいぜ。キスで勘弁してやるよ」
暫くその視線を受け止めていた柿沼の口から、異常とも取れる科白が零れる。
意図が理解出来ず、何度も瞬きを繰り返したが、
やがて、からかわれているのだと判断した文違は、顔に憤りの色を浮かばせた。
「なにを、言って……冗談は、よせよ。」
「冗談じゃねぇから、早くしろよ」
唇が触れそうなほどに、柿沼の顔が近付く。
咄嗟に頭を引くと、後頭部が壁に触れる。
逃げ道は無いのだと、改めて思い知らされた。
それでも必死の抵抗とばかりに、顔を背けようとし───まるでそれを予想していたとでも云うように、柿沼の手が顎を捕らえた。
「…っ、いい加減に…、」
度が過ぎた行ないに、腹の底に力が溜まる。
大声が出せるのでは無いかと、
貼り紙の誡めから今なら脱せるのでは無いかと。そう考えた瞬間、
「図書室では、静かに。だろ?」
諭すように囁かれ、文違ははっとした。
高まる緊張感に息を呑んだ瞬間、不意に、柿沼の唇が重なる。
冷たく、柔らかな感触に、身体が僅かに震えた。
目を開き、呆然としている文違を見ても、柿沼は唇を離そうとはしなかった。
触れるだけでは終わらず、唇を吸い、やんわりと咬んだ。
我に返った文違が懸命に肩を押し返そうとするが、体格のいい柿沼はびくともしない。
唇を、湿ったものが突付く。
正体を判断する前に顎を押され、文違は強引に口を開かされた。素早く、柿沼の舌が滑り込む。
「…ん…っ、」
舌先が遠慮なく、ゆっくりと上顎を擽り、突付き、舐って来る感触に、文違の身体は急速に熱を上げた。
背筋が、ぞくりと震える。
まるで見透かしたように柿沼は喉奥で笑い、舌を捕らえて巧みに絡め、追い詰めて来る。
慣れない感覚と、一方的に与えられる快楽に、文違の足は震えだす。
クチュ…と、濡れた音が耳に届き、更に熱が上がった。
「はぁ……ん、んっ…、」
絡まるそれに舌の付け根を締められ、何度もきつく吸われ、無意識に甘い声が零れる。
気を抜けば、そのまま崩れ落ちてしまいそうなほどに……文違は、濃すぎる口付けに溺れた。
「……知ってたか、口の中も性感帯なんだぜ。男が感じるトコは、此処だけじゃねぇよ」
唾液の糸を伝わせながら舌を引くと、あろうことか、文違自身へと触れて来る。
服越しとは云え、そこを他人に触られた事など一度も無い文違は、身を竦めてしまう。
あの指に触れられているのだと思うと、それだけで張り詰めてしまいそうだった。
そうなれば、冗談では済まなくなる。
慌てて、柿沼の肩を押すと意外にもその手は、すんなり離れる。
「文違って、俺の指がそんなに好きなのか?」
「な、なん…で、」
息を呑み、驚きで目を見開く。唾液に濡れて艶かしく光る唇が、わなないた。
柿沼はそれに欲情し、暫し見入ったのち、薄く笑った。
明らかに動揺している姿は、肯定以外には捉えられない。
「さっき、俺の指見てエロい顔してたぜ。今も、触れただけで反応してたよな」
────見抜かれていた。
居た堪れなくなった文違は、俯くことしか出来なかった。
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