盛夏…03


「てめえの苦痛や傷を、ヒトのと比べんのってムカつく。自分のほうが苦しいとか言い切ってんのは、もっとムカつく。どんだけ苦しんでるかなんざ、他人には分からねーし…」
「うん…ひとによってはペットが家族と同じぐらい、かけがえの無い存在になる場合だってあるし。たかがは無いよね。
集まって悪く言うのは大概、お互いを慰め合うものだし…それに、自分が優位だと錯覚して酔っているのかも知れないな。」
「そうだぜきっと。ガキなんだ、あいつら」
「子供って、見下す意味で使っている側も子供だと思うよ。本当の大人なら、そんなことや、そんな稚拙な言葉も使わないからね。まあ、本当の意味での大人なんて、ごく僅かだろうけれど…」
 相変わらず、ずけずけと物を言う。
 惚れた相手に対して、遠慮しないのが春のいいところだと、思う。

「分かってる。俺は自分がオトナだなんて思ったコトねーし。俺、まだまだガキだぜ」
「…そうやって、自分が子供だって素直に認められるひと、大好きだよ。」
 にっこりと和やかな笑顔を向けられ、照れて居た堪れなくなった宏孝は、そっぽを向いてしまった。

「…毎回思うけど、ハジメって達観してる気がする」
「僕は、まだまだ未熟だよ。親の半分も生きてはいないからね。」
 当然のように、あっさりと言う。

 兄弟のなかでは一番下の末弟にあたると云うのに春は、良く見る甘ったれた連中とは違う。
 同年代の連中と比べても、春のほうがしっかりしているように見える。
 春に向き直り、じっと見上げていると、視線は直ぐに絡み合った。

「それで、その後は? ヒロちゃんのことだから、その子に話しかけてあげたんだろ、」
「…べつに。」
 素っ気無い言葉が返って来るが、春は確信していた。

 宏孝は、ほんとうに優しいのだ。
 宏孝以外に対しては、上辺だけの、作った気遣いしか向けない自分とは全く違う。
 同じようにペットを失って悲しんでいる者を、特に、放っておけない質で、
 ただ不器用過ぎて、言動が一般の優しさとは掛け離れているだけだ。

「なんて言ったの、」
 穏和な笑みを浮かべてはいるが、妙に迫力が有る。
 春は嘘を見破るのにも長けている上、宏孝に対しては諦めと云う言葉を知らないほどの頑固者だ。
 どれだけはぐらかそうとしても、しつこく訊いて来る。
 折れるのは常に自分のほうで、けれど、そんな立場でも宏孝は受け入れられた。
 相手が春だと、大抵のことは許せてしまう。
 ただ一つ、喧嘩だけが春よりも強ければ、それで良い。

「…ハジメの言葉、貸してやっただけだぜ」
 気まずそうに視線を逸らして眉を顰めた宏孝は、その時の光景を脳裏に思い浮かべていた。



「おい。ペット、どんなのだよ?」
 騒ぎの件で説教を長々と受けた後、廊下で偶然見つけた女子生徒の背中へ、声を掛けた。
 振り向いた彼女は宏孝を前にして、怯えの表情を色濃く見せる。

 ――――2-Fの眞邦はイカレてる。気に入らないヤツは半殺しで、女は連れ込まれてヤられる。
 そんな噂ばかりが広まり、宏孝は他校でも名が広まっているほど有名だ。
 教師でさえも手を焼く状態でありながら、停学処分は受けても退学にならないのは
 学長の旧友であり、寄付金の支援もしている宏孝の親あってこそだった。

 先刻、宏孝が暴れた様子を目の当たりにしたのも有り、彼女が怯えるのも無理は無い。
 華奢な肩は、小刻みに震えている。

「す、すみません。な、なんでしょうか…、」
「タメだろ。フツーに話せよ…じゃねぇ。ペットだ、ペット。おまえのペット、どんなのって訊いてんだよ」
 宏孝の眉根が寄り、声音も苛立ったものに変わった。
 その所為で、彼女も畏怖の念をいっそう強める。



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