盛夏…05

「ヒロちゃん、」
「…今は話しかけんな」
 相手のほうを見れず、ばつが悪そうに横を向く。
 すると春は、今度は肩に触れて来た。

「ヒロちゃん。ねぇ、前」
「ああ、だから払って悪……は? 前?」
 ぶっきらぼうな謝罪を零しかけたが、春が正面を指差しているのに気付く。
 その方向へ視線を走らせると、ある程度の距離を置いた先で、見知らぬ男達が数人。
 人通りの少ない、薄暗い橋の下で座り込んでいたが、此方を見るなり立ち上がった。

「あのガラ悪いヤツらが、どうかしたのかよ?」
 他人に関心を持たない春が、ああ云った連中を気に留めるのは珍しい。
 足をとめて問えば、春は浅く頷いてから向き直った。

「見える? その後ろにいるの、さっきヒロちゃんに頭突きされた子だなって、」
 改めて連中のほうへ目を向け、そこで漸く気付く。

 男達が、通り道を塞ぐように並んだ。その後ろには、男子生徒の姿がある。
 奥から此方を窺っている彼は、いやらしく、小狡そうな、にやついた笑みを浮かべていた。

 力に頼る負け犬の顔だと考え、宏孝の視線が、冷めたものに変わる。
 ナイフをちらつかせたり、金属バットを所持している物騒な連中を、ひとりひとり眺めてゆく。

「いいねえ、ああいう奴ら…すっげえ好き」
 生き生きとした表情で呟き、鞄を春に預けて足を進め―――次の瞬間には、駆け出していた。



 怒号が飛び交うなか、宏孝は繰り出される攻撃を次々と、身軽なフットワークで避けている。
 相手の動きを見極めて避け、時にいなし、片足を軸にして回し蹴りで反撃する。
 複数を相手にしている為、完全には避けきれず、
 制服が裂けて血の滲む箇所や傷痕も目立つが、何れも浅い傷だけで済んでいた。

 振り下ろされたバットを避け際、男の足首を蹴り付ける。
 バランスを崩した相手の顔面目掛けて、得意の頭突きをかます。
 喧嘩相手には決して加減しないその攻撃は、易々と鼻の骨を砕いた。

 追い討ちとばかりに顔面に蹴りをめり込ませれば、男の歯が折れ、血が滴る。
 のた打ち回る男を執拗以上に甚振ることはせず、宏孝の鋭い瞳は次の標的へ向かう。

「夏は俺、機嫌悪りーから。次ぃ、骨へし折ってやるよ」
 顔に掛かった血をそのままに、愉快そうに笑う姿は、男たちには狂気となって映る。
 剣幕に怯んだ男は、倒れた仲間を横目にして、挫け掛けていた戦意を意地で取り戻した。
「調子こいてんじゃねーぞっ」
 怒声を浴びせ様、殴りかかって来る。
 上手くそれを避けた際、別の男が宏孝の死角に上手く潜り込んだ。

 骨にまで伝わる衝撃が、顔中に響く。
 重い拳を顔に受け、思わずよろけた宏孝の鳩尾に、すかさず蹴りが入る。
 苦しげに呻いた宏孝だが、相手が引く前にその足を掴んだ。
 そのまま、相手を足ごと引き寄せて、顔面に拳を叩き込む。
 男が膝を折るまで、容赦なく、殴り続けた。

 間、髪いれずの光景を、春は少し離れた位置で眉一つ動かさずに見守っている。
 架橋の上では列車が数分置きに往来しているので、騒ぎを聞きつけた一般人に通報される心配も無い。
 これなら宏孝は好きなだけ、暴れることが出来る。
 もっとも、喧嘩をしている最中の宏孝は、そんなことまで気に掛ける質では無く、
 彼が捕まらないか心配するのは、いつも春のほうだ。この時期の宏孝は特に、無茶をし易い。

 時間が経つにつれて動きが鈍り始めた宏孝に、痛々しい傷が増えてゆく。
 春はそれを見ても、やはり眉一つ動かさない。
 ただひたすらに視線を向けて、宏孝だけを見つめている。
 だが、急に物音がした為、春は背後を振り返った。



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