盛夏…12
「…ハジメ以外のヤツが可愛いとか言いやがったら、ボコってるぜ」
照れ隠しに、乱暴な物言いで吐き捨てた。
傍らに腰を下ろした春が、クスリと笑って頬を撫ぜる。
「でも、ヒロを可愛いとか云う物好きは、僕しかいないよ」
「…それ、けなしてんのか?」
「ううん。僕以外からしたら、ヒロちゃんは強くて、格好良くて、怖いから。可愛いところを知ってるのは、僕だけ」
「ハジメは、俺の特別だからな」
当然のようにさらりと答え、春の髪に触れた。
やめさせる気配も無く、宏孝の好きにさせて瞼を閉じる。
宏孝は静かに身を起こし、閉じたそこへ口付けた。
「ハジメはさ、俺のブレーキみたいなモンなんだ。俺、ハジメがいなかったら、どうしようもねーヤツになってると思う。
どっかの族入って、喧嘩で人殺して、女犯して、薬にも手ェ出してさ……でも俺、おまえの傍に居たいから、何処にも行きたくねえんだ」
淡々と言葉を紡いだ後、春の唇へと、噛み付くようにキスした。
「一生離さねぇから」
「それなら僕は、死ぬまでずっと幸せだね」
ひどく嬉しそうに笑う春に満足し、宏孝の口元が綻ぶ。
だが宏孝の笑い顔は直ぐに消え、主張する如く腹の音が鳴った。
「ハジメ、腹減った」
「はいはい、じゃあ作ってくるから」
待っててね、と優しい声を掛けて宏孝の頭を一撫でし、離れて襖を開ける。
部屋を出ると思いきや、急に立ち止まり、振り返った。
「そうだ、さっき言い忘れたんだけど。もし、他のやつがヒロちゃんを可愛いって云ったら…」
言葉が途中で切れたのを訝り、宏孝が視線を注ぐ。
目が合うと、春は何処と無く、意地の悪さが滲んだ笑みを見せた。
「嫉妬して、ヒロを閉じ込めるよ。……なんて、ね」
「じょ、冗談か。びっくりさせんなよ、」
つづいた言葉に、顔を引きつらせる。
にこやかに微笑んだ後、春は部屋を出て行った。
「…やべぇ、有り得そうだな。ハジメ、サドだし」
乾いた笑い声が、零れる。
身を投げるようにしてベッドに転がり、シーツを握った。
心臓が、早鐘を打っている。
───ハジメといっしょだと、夏が余計に、あつく感じる。
顔を手で扇いでみるが、熱は簡単に下がらない。
しばらく扇ぎ続けていたが、やがて起き上がり、ベッドから離れる。
「ハジメー、喉渇いた。何かねぇの?」
部屋を出て、台所へ向かいながら呼びかけた。
────愛犬を失ってからは、悲しすぎて嫌いだった夏。
だけど、今は………。
「麺つゆなら有るよ。コーラっぽいし。飲む?」
「飲めるかよっ」
「冗談だよ。ヒロちゃんってほんと、かわいいなぁ」
「ハジメー、おまえなーっ」
楽しそうな春の笑い声が、耳の奥に残る。
それだけで胸の内は、熱くなった。
───今は、あつい夏を、愛しく想える。ハジメが、いる限り。
終。
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