楽園…10

「……土屋さん、此処じゃ、嫌だ。」
 土屋の手が下肢へ向かうのを目にし、梓はほんの少し身体を離して拒んだ。
 相手が誰であろうと、ハルユキと共に働いていたこの店で、セックスをしたく無い。
 けれど土屋は梓の意見を聞き入れず、梓のバックルを外しに掛かる。

「今日は此処で抱く。俺を拒むなよ、アズサ。お前に拒まれたら俺は何を仕出かすか分からない。」
「どうしてです、以前は…ちゃんとホテルに連れて行ってくれたのに、」
「理由が判ったからだ。」
「理由って…何の、」
 土屋の短過ぎる返答では理解出来ず、再び問う。
 バックルを外すと一度手を離し、土屋は薄く笑って見せた。

「お前が今まで、此の店でセックスするのを拒んでいた理由だ。…あのガキの存在が原因だろう、」
 図星をさされた梓の目が、一瞬だけ見開かれる。
 しかし梓は肯定も否定もせず、部屋の扉の前に立っている男へ視線を向けた。
「……土屋さんが此処でしたいと云うなら、構いません。でも、せめて、あの人は廊下に出してください、」
「悪いが、見物人が居た方が俺は燃える質でな。…おい、目を逸らすなよ、」
 秘書の男へ声を掛けた後、土屋は梓をソファ上へ素早く押し倒した。
 その行動に息を呑み、すぐさま拒むように身を捩る。
 すると土屋は鼻で笑い、唐突に梓の頬を打った。
 容赦の無い平手打ちに動きを止め、梓は僅かに眉を寄せる。

「なあ、アズサ。あのガキに惚れていたのか、」
「…そんなんじゃ、無いです。ハルユキは、惚れるとか、そんなんじゃ無い。」
 抵抗を諦めた梓は、打たれた痛みに耐えるかのように一度歯を咬む。
 その際、じわりと血の味がした。
 油断していたことも有って、打たれた時に口の中を切ってしまったのだと気付いた時には、土屋の手が、服を脱がしに掛かっていた。
 手早く取り去られた上着が、無造作に床へ落とされる。
 ほどなくして下衣と下着も取られ、半身のみ露わになると云う間の抜けた姿にさせられた。

「土屋さん…おれ、何か気に障ることをしましたか、」
 喋る度に、熱を持った頬がずきりと痛む。
 咄嗟に目を細めた梓へ、土屋の冷ややかな双眸が向けられた。


 土屋の知る限りでは、手を上げた後、目で威圧してやれば大抵の人間は怯えの色を見せる。
 だが、梓には怯む様子も、憤りの色も無い。
 過去に骨まで折ってやったと云うのに、梓は他の人間とは違い、畏怖する事も無く、以前と変わらぬ態度を取るのだ。
 その気丈さが土屋の気に入る面でも有り、時と場合によっては逆に、気に障る面でも有った。

「別に怒っている訳じゃない、その逆だ。俺は嬉しくて仕方がないんだ。」
 土屋は不意に、梓の上から退く。
 しかし解放はせず、梓の腕を引いて起き上がらせ、向き合う形で自分の膝上へ再び座らせた。

「何か、いい事でも有ったんですか、」
「ああ。だが、今はまだ教えてやらん。云えば、お前はショックで壊れるかも知れないからな、」
「嫌だな、土屋さん。おれ、そんなに弱く無いですよ、」
「普段平然としている奴ほど、一番脆い部分を突けば、案外呆気なく崩れるもんだ。」
「…その言い方だと、崩すの、好きそうですね、」
 梓の呟きにも似た科白に、土屋は何も言葉を返さなかった。
 言葉の代わりに、口端を上げて笑い、梓の腰を強い力で抱き寄せる。
 その行動の意味を察した梓は、手を動かし、土屋のベルトを緩めだした。
 続いてジッパーを下ろし、スラックスの前を開くと、丁寧な手付きで土屋自身を取り出す。

 土屋が最も好む行為――口で愛撫をする為に梓は一度、膝上から降りようとした。



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