楽園…11

 が、それを見抜いたかのように、土屋が更に腰を引き寄せる。
 お互いの雄が触れ合うと、土屋は喉奥で笑い声を立てた。
「こう云う陳腐なのも、たまには良いだろう。理解したのなら早く動け、」
 厳格な物言いにも梓は怯まず、浅く頷いて見せる。
 慣れた様子で腰を動かして、自身を土屋の雄へ擦り付け、裏筋やくびれを刺激してゆく。
 指も使って先端を撫で回し、表皮を丁寧に扱いて土屋のものを愛撫してやった。


 土屋の云う通り、ひどく陳腐な行為だと、梓は思う。
 けれど直接的な刺激に弱い性器は、擦り合わせてゆく内に反応を示しだす。
 つい先ほどまで半勃ち状態だった自身は、既に硬く、張り詰めていた。

「もう濡れて来ているな…相変わらず、だらしの無い奴だ、」
「は、…あ…っあ、」
 先走りを滲ませた自身が目に映ったのと同時に、笑いながら指摘され、梓は羞恥を覚えて視線を逃す。
 逃がした先で秘書の男と目が合い、居た堪れなくなる。
 何の感情も表情に出す事無く、男は土屋の言い付け通り、ただ見ていた。
 まるで、ただの物を観察しているかのような、無関心な双眸を向けられて屈辱すら感じる。
 居心地の悪さに視線を戻せば、今度は土屋のぎらついた瞳に捕らわれた。

「悪かったなぁ、アズサ。痛かっただろう、直ぐに手が出るのは俺の悪い癖だ、」
 さきほど自分が打った箇所へ、躊躇い無く指を這わせる。
 痛みからか、梓は身体を少し跳ねさせたが、拒む様子は見せず、愛撫の動きも止めようとしない。
 うっすらと額に汗を浮かばせながら、湿った吐息を零す姿に、土屋はひどく欲情した。


 ―――――あのガキが消えた今、こいつは、もう俺だけの物だ。
 この店で働いていた一人の青年が命を落とした日の記憶を……彼の最期の言葉を、一瞬だけ思い出す。
 込み上げて来そうな笑いを咬み殺し、梓の細い顎を掴んだ。
 強引に上向かせ、半ば乱暴に唇を重ね合わせる。
 柔らかな唇を舌で何度かなぞり、やがて口腔へと押し入った。

「ん…はぁ、は…っ」
 土屋の行動に嫌な予感がするが、巧みに舌を擦られて吸われると、梓は身体を熱く震わせる。
 快楽に身を委ねようと目を閉じた瞬間、鋭い痛みに襲われた。
 まだ出血したままの、口内の傷口を容赦なく舌で突かれて舐られ、梓は眉を寄せて微かな呻きを零す。
 けれど土屋は止める事もせず、何度も傷口を刺激して梓を苛んだ。
「……お前は血の味も、イイな…」
 やがて舌を抜き去り、満足げな囁きを零す。
 濡れた唇を舐めながら土屋は双眸を更に細め、酷薄な笑みを浮かべた。




 いつもより少し早い時間帯に駅を降りた小鳥遊は、例の喫煙所で、梓の姿を見つけた。
 柵に肘を乗せ、右手で面杖をついている彼は、ホーム側に背を向ける形で立っている。
 最近は毎日のように梓と出会っていたのだから、今日も会えるのでは無いかと云う確信が有った。

 今日は特に、梓に会いたくて堪らなかった。

 梓が、会う度に根気良く教えてくれたお陰で、今朝は自分でネクタイを上手く結ぶことが出来たのだが
 珍しく早く起きていた妻に見せても、気付かれることは無かった。
 上手く結べただけで喜んでいた自分が、不意に馬鹿らしく思えて虚しささえ感じ
 気も沈んでしまった所為で、どうしても梓に会いたかったのだ。

「梓くん、おはよう。」
「おはようございます、小鳥遊さん。」
 声を掛けると梓は視線だけを小鳥遊に向け、面杖をついたまま、柔らかな物言いで挨拶を返して来る。
 梓の態度にほんの少し違和感を覚えたが、小鳥遊は気の所為だと思い直し、彼の隣へ立つ。
 不意に、ネクタイを上手く結べたことを言おうかと思ったが、小鳥遊は妻のことを思い浮かべてやめた。

 自分から云うのは、気付かれない事よりも、虚しい気がした。



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