楽園…24

「どんな奴かは知らないが…男と会っていたそうだな。客以外の奴と、店を休んでまで会っていたのが気に食わない。」
「…それは、ただの、知人です…、」
「なら、どうしてそう云わない、」
 無感情な声を響かせ、土屋が不意に手を離した。
 その瞬間、鈍い音が響くと同時に、梓の顔に衝撃が走る。
 顔を殴られた勢いで床の上へ倒れ込むが、土屋は相も変わらず平然としている。
 痛めつけることを愉しんでいる様子も無く、冷淡な双眸だけを向けている土屋の姿は返って不気味だ。

「アズサ、本気で分からないのか。俺が腹を立てているのはな…秘し隠していた事だ。お前如きが、この俺に、」
 土屋を見上げるが、口元から血が伝うと素早く視線を落とす。
 真っ白な床には、新たな赤色が刻まれてゆく。
 意外にも出血の量が多く、梓は一瞬だけ不安げな表情を見せた。
 すると土屋は鼻で笑い、片足を動かして靴底を梓の顔へ押し付けた。

「お前は、こんな目に遭っても泣かないな。…骨をへし折ってやった時も、そうだった、」
「……泣き方を、忘れて、しまったんです、」
「本当にそんな人間がいるのか、」
「おれは、そうです。泣けば、もっと、ひどい事をされるし…彼女も、泣くなと…、」
 踏みつけられる屈辱と苦痛に顔を歪め、苦しげに語る。

 以前、無理に梓の口から聞きだした為、母親に虐げられていた事を土屋は知っていた。
 しかし土屋は同情の色も見せず、眉一つ動かさない。

「それなんだが…お前の母親がどんな女か興味が有ってな…以前、訪ねたことが有る。訊けば、お前の母親、本当は一緒に泣いて貰いたかったそうだ、」
「…え、」
 予想もしなかった言葉に、梓は驚愕した。
 瞳を見開いた梓を見て、土屋が会心の笑みを浮かべる。

「今からでも、一緒に泣いてやるか? …ああ、お前は泣けないんだったな。まったく、薄情な奴だ。」
 土屋の高笑いが、室内にこだまする。
 だがそれは長く続かず、土屋の携帯電話が鳴り響いたことで、笑いはぴたりと止まった。
 梓の顔から足を退けた土屋は、背広の裏の隠しへ手を滑らせて携帯電話を取り出し、通話を始める。

「……一緒に…泣いて貰いたかったから…? だから、おれを、傷付けていた?」
 土屋の行動など目に入らず、梓はただ、聞かされた事実に当惑していた。
 母の泣き顔ばかりが脳裏に浮かんで、他の事は何も考えられない。

「…用事が入った。いい子で待っていろよ、アズサ。」
 素早く通話を終えて声を掛けるが、梓には答える気力は残っていない。
 呆然としている梓の姿に満足し、土屋の口端が上がる。
 そのまま部屋の扉に向けて進みだし、部屋の照明を落として出てゆく。


 再び訪れた、静かで暗い空間。
 梓は、虚ろな眼差しで闇を見つめる。


 ………彼女が、泣くなと云うから、もう泣くまいと決めた。
 ずっと泣かない内に、それが当たり前になって泣けなくなった。

 それなのに、泣くまいと決めたこと自体が、間違いで。
 間違いの自分は、親友の死にすら泣けないような人間になってしまった。


 ――――大好きなひとの死にも涙を零せないなんて、欠陥でしかない。
 ぼんやりと考え、自分の内にある、大きすぎる空洞を痛切に実感した梓は
 積憂に耐えられず、緩やかに瞼を閉ざした。




「大分痩せたな、」
 梓を組み伏せていた土屋は、裸体を眺めながら無感情な声音を放つ。
 地下室に監禁されて、ろくなものを食べていないのだから痩せてゆくのは当然のことだ。
 弱らせるのが目的かと思うぐらい、土屋が運ぶ食事の回数も、量も少なかった。

「この火傷は、俺が煙草を押し付けたものか…、」
 梓の肌を指でなぞりながら呟き、同時に、梓の内部に埋め込んでいたものを引く。
 抜き去るのかと思えば、ぎりぎりまで引かれたそれは、ぐっと一気に押し入って来た。
 勢い良く奥まで貫かれて、梓の汗ばんだ身体が大きく震える。
 そのまま内側を乱暴にかき回され、感じる箇所を執拗に突かれ、限界が迫る。
 が、土屋はそれを許さず、青痣が浮かんでいる梓の腕を力任せに掴んだ。

「うあ、あぁ…!」
「…色気の無い声を出すな。」
 厳しい声音を放ち、梓の顔を容赦なく打つ。
 もう何度も、達きそうになる度に苦痛を与えられて
 波が引いてゆく所為で、梓は一度も吐精していない。

「土屋さん、もう…達かせて、ください、」
 切なげな声を零して懇願しだした梓に、土屋は薄く笑い返す。
「お前を痛めつけている奴は俺だろう。そんな俺に、達かせろと頼むのか、」
 せせら笑いながら律動を速めると、梓の濡れた喘ぎが室内に響き渡った。



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