楽園…25

 セックスの最中だけは手錠を外して貰える為、梓は解放された手を動かし、土屋のシャツを握り締める。
「はぁ、あぁ…っ願い、お願い、します…、」
「アズサ…お前は本当に、だらしの無い奴だな。」
 嘲笑を濃くした土屋の手が、緩慢な動きで梓自身に触れ、やんわりと揉み込んでくる。
 巧みな手付きで擦り上げられると同時に、内側を更に激しく責め立てられ、梓は何度もかぶりを振った。
 抵抗も逃げる素振りも見せず、縋るように土屋の背へ両腕を回し、しがみつく。


 ――――身体だけだ。そこに、心も愛も無い。
 過去に、ハルユキが教えてくれた言葉は、常に胸の内にある。
 だから土屋に犯される事に、抵抗はしない。

 犯されているのは身体だけで、心を支配された訳でも無いのだから。
 現に、快楽を得てしても、胸の奥底にある虚は消えない。
 ハルユキの云う通り、いま此処にあるのは身体だけだった。

「んン…っ、は…ぁあ、あ…ッ」
 身体の奥から押し寄せてくる快楽に、溺れそうになる。
 けれど、どれだけ耽溺しても、心が満たされる事は無かった。


 心と身体が、しっかりと繋がっていれば………もっと上手く、生きられただろうか。
 さびしい時には求めて、辛い時には縋って、悲しい時は泣けただろうか。
 遣る瀬無い気持ちが込み上げて、梓は更にきつく、しがみつく。

 互いの息遣いが荒くなり、梓の腰も、土屋に合わせて淫らに揺れ動く。
 土屋が腰を打ち付け、抉るように何度も奥を突いて来る度
 濡れた音が結合部から響き、興奮をかきたてる。
 波が、再び押し寄せた。

「あ、ぁ…あっ、土屋さ、もう…達く…っ」
「いいぞ、達け。見ててやる、」
 細く眇めた双眸に捕らわれ、高みへと駆けのぼってゆく。
 鮮烈すぎる絶頂感に、梓は甘くかすれた声を上げて吐精した。
 後孔が痙攣とともに収縮し、土屋自身をきつく締め付ける。
 それに堪えきれず、土屋も低く呻いて達するが、白濁が梓の内部を汚すことは無い。

 埋め込んでいたものを抜き、一度離れた土屋は、ゆったりと前髪を掻き上げた。
 自身に被せたスキンを丁寧な仕種で取り去り、傍らに置いたタオルを手にする。
 己だけを身奇麗にした後、雄をしまい、再び梓に近付いた。

「アズサ、俺は…お前以外を抱く気は今のところ無い。だから俺の物になれ、死ぬまで可愛がってやる。」
 弛緩し、脱力した梓の身体を抱き締めながら、満足気に笑う。
 梓は虚ろな瞳を向け、呼吸を整えて微かに唇を動かした。
「そこに…楽園は、有りますか、」
 紡いだ言葉は、あまりにも小さな声だった為、聞き逃した土屋が眉を顰める。
「なんだと?」
「……おれの事を、周囲に紹介してくれるんですか、」
「お前、俺がホモだって事を世間に公表しろと云うのか。そんな事をしたら、俺の面目は潰れるだろう。」


 ――――やっぱり、みんな、体裁が大切なんだ。
 胸中で苦笑した梓は、そっと目を伏せた。
 誰かの為に、今あるものを捨てられる強さも、失う覚悟すら無い。
 だけど、それはきっと当たり前の事だし、自分も同じだと梓は思う。

 それに、自分のように同性に反応してしまう性分の人間は
 世界に快く受け入れられない存在なのだから、逃げて隠し続けるしか無いのだ。


(…おれだって、ハルユキとの思い出も約束も、捨てられない。)
 ぼんやりとそう思うが、楽園を見つけられると云う保証は、何処にも無い。
 既に、心は疲れ始めていた。

「…土屋さんは、分かっていない。おれは、もうずっと前から、あなたのものなのに。」
 不意に、梓が口元を緩め、諦めたように笑う。
 土屋の胸元へ顔をすり寄せた梓は、視線を合わせ、言葉を続かせた。
「あなたが、この店で雇ってくれると言った時…本当に嬉しかった。ハルユキと同じ店で働ける事も嬉しかったけれど、土屋さんが、おれの存在を認めてくれたことが一番嬉しかった。……おれは、雇って貰えた日からずっと、あなたのものなんだ。」

「……アズサ、そんなに可愛い事を云うな。手足の1、2本、切断してやりたくなるだろう、」
 笑いながら、土屋は残酷な科白を口にする。
 しかし梓には怯む様子も無く、微笑して頷いてみせた。
「おれは、土屋さんのものです。あなたがそうしたいのなら、好きにしてください、」
 平然と答える梓の顎を掬い上げ、土屋は何も告げずに唇を重ねた。
 冷たい唇の感触に、一瞬だけ眉を寄せた梓だが、大人しく瞼を閉じる。
 が、次の瞬間、梓の身体は乱暴に突き飛ばされた。


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