楽園…27

 その言動で周囲の客の視線が集中するが、小鳥遊は意に介さない。
 周りすら気にならないほど焦っている様子に、透冴は期待感を強めた。

「奥で話をしましょう。ついて来てください、」
 丁寧に小鳥遊を促し、その場を離れ、店の奥にある扉へと向かう。
 扉を通って廊下を進み、やがてオーナー専用室に通された小鳥遊は、促されるまま広いソファへ腰掛ける。

「徒ごとでは無い様子ですが、梓と…何かあったんですか、」
 そこへ、向かい側のソファに座した透冴が、穏やかな声音で尋ねてきた。
 透冴の温厚さを前にし、小鳥遊は幾分か落ち着きを取り戻す。
「もう2週間以上、梓くんの姿を見ていない、」
「…なんだ。そんな事ですか、」
 真剣な表情を繕っていた透冴が、思わず本音を呟く。
 もっと面白い事態になっているのかと期待していた分、余計に、素っ気無い言葉が出た。
 小鳥遊が眉を寄せたが、透冴は詫びる素振りも見せずに微笑を作り直す。

「彼は猫のような質でしてね…ひょっこり現れては何処かへ行ってしまうんです。あまり気に掛ける必要も無いかと…、」
「それでも心配なんだ。すまないが、梓くんの連絡先を知っているんだったら…教えて欲しい、」
 急き立てられると、透冴は笑みを消して長い足を組んだ。
「随分と梓を気に掛けているようですが…何も知らない癖に彼を追い回すのは、些か身勝手過ぎると思いますよ。」
 傲然とした物言いに、小鳥遊の眉間の皺が深まる。
 間があいて沈黙が流れるなか、小鳥遊は睨むように相手を見据えていた。

「君は…梓くんの何を知っているんだ、」
 押し黙っていた小鳥遊が不意に、沈黙を破る。
 その不機嫌そうな声は、嫉妬からとしか思えず、透冴は微かな笑い声を立てる。

「大抵の事は知っています。楽園を探し出そうと、ハルユキと約束を交わした事も。」
「…それは、私も知っている、」
「そうですか…なら、母親に虐待されて育った事は? 梓は何度か死にそうな目に遭って、16歳で家を出たんですよ。」
 思ってもみなかった梓の過去を聞き、愕然とした。

 そんな過去を、彼は教えてもくれなかったし
 不幸の匂いを悟らせる気配も、見せてはくれなかった。
 言葉を失くし、ただ呆然とする小鳥遊に、衝撃は容赦なく続く。

「それと…梓は男に身体を売っています。」
「……な、んだ…って?」
「おや、知らなかったんですか。彼は、男娼をして金を稼いでいるんですよ…今も、」
「梓くんは、ゲイじゃないと…云っていた、」
「ああ、男も女も相手に出来ますから、梓は両刀です。」
「な…っ、」
 さらりと返され、小鳥遊は絶句した。
 透冴の言葉が事実かどうか、俄かには信じ難いが
 もしも事実だとしたら………自分は、梓に対してあまりにも無知だ。
 目頭を手で押さえ、深い溜め息を零した矢先に穏和な声が響いた。
「男が男を抱く行為に、嫌悪しますか? …それなら梓とは、もう関わらないほうがいい。傍に居ても、梓の心を傷付けるだけです。」


 ―――――心を、傷つける。
 それは、彼が、もっとも避けているものだ。
 傷付きたくないと、あんなにも痛々しい顔をして告げた梓を……彼の、心を、傷付けるなど出来る訳が無い。
 小鳥遊は不意に手を退け、透冴を真っ直ぐに見据えた。

「私は、梓くんを傷付けたりはしない。…ただ私は、彼と今まで通り、仲良く接していたいだけだ。」
「それなら訊きますが…もしも梓がセックスを要求して来たら、どうするんです、」
「ちょ、ちょっと待ってくれ…話が飛躍しすぎていないか? せ…セックス、だなんて、」
 直球過ぎる透冴の言葉に、ひどく狼狽え、どもる。
 焦った様子で身を乗り出し、両手を意味も無く組む姿は、透冴からして見れば可笑しくてたまらない。
 笑いを押し殺しながら透冴は一度だけ、深く息を吐いた。
「…梓は、男に対しては過剰に反応する質ですから、有り得る話です。傍にいれば触れたくもなりますし、キスもしたくなる。それなら当然、セックスだってしたくなりますよ。彼は常に、温もりを求めていますからね。」
 一気にたたみ掛けられて、小鳥遊は黙り込んでしまう。
 反論出来るほど梓を知っている訳でも無く、己の不甲斐無さに俯き、肩を落とす。
 悄然としている小鳥遊を前にして、透冴はゆっくりと立ち上がった。



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