楽園…28
先刻から、小鳥遊に好ましい反応をされ、どうにも欲がそそられて仕方が無い。
足を進めて距離を縮め、相手の傍らまで寄ると、薄く笑った。
「…男が男を求めるのは、気色が悪いですか、」
静かな口調で問われ、小鳥遊はたどたどしく顔を上げる。
距離が狭まっていた事に驚くが、それも一瞬だけで、警戒心は微塵も無い。
「正直、分からない。実感が湧かないんだろうな……想像しても、何とも云えない、」
誠実さが感じられる返答に、透冴は眉をひそめる。
深く考えもせずに、拒絶するのは容易い。
しかし小鳥遊は楽な道を選ばず、梓と少しでも向き合おうとしている。
(…なるほど、梓が気に入る訳だ。)
胸中で一人納得し、喉奥で低い笑い声を立てたのち、唐突に小鳥遊の肩を掴む。
不意を衝かれた小鳥遊は、体重を掛けてのしかかられ、あっさりとソファの上へ押し倒された。
「…分からないなら、実際にやってみれば良いんですよ。」
「な、…なにを言っているんだ、」
「気色が悪いかどうか、実際に俺とセックスしてみれば分かると云っているんです。」
平然と言い放つ透冴を前にして、一気に血の気が引く。
「わ、私は…男を抱く趣味は、無いっ」
背中に冷や汗が流れるのを感じながら、小鳥遊はすぐさま、逃れようと動いた。
僅かだが、身体の幅や背丈は自分の方が勝っているのだから、逃げられると踏んでいた―――――が。
透冴が片腕を素早く動かし、首を押さえつけてきた所為で、小鳥遊は息苦しさから動きを止めてしまう。
どう動いても、確実に首が絞まる位置で相手の腕が固定され、逃れる事が出来ない。
こう云った状況に慣れているとしか思えない行動に、小鳥遊は不快感を強めた。
「貴方には無くても、此方には有ります。俺は…初物を抱くのが堪らなく好きでしてね、」
「だ、抱くって…おかしいだろう、正気の沙汰じゃ、な……ッ…、」
言葉の途中で、透冴が強引に唇を重ねてくる。
一瞬だけ小鳥遊の瞳が見開いたが、深く口付け直しても、抵抗は無かった。
唇に噛み付く事すらしない反応の悪さを訝り、透冴はあっさりとキスをやめる。
「気持ちが悪いですか、」
「…気持ちの良いものでは…無いな。」
小鳥遊の声は意外にも、冷静だった。
その態度に内心驚かされながらも、再び顔を近づける。
「なら…気持ちいいことをしましょうか、」
「……私は梓くんに、ひどい事をしたんだな…」
狼狽える様子も無く、小鳥遊は不意に、ぽつりと呟く。
再度口付けをするつもりだった透冴は動きを止め、相手を見据える。
目に映った小鳥遊の表情は、後悔の念を濃く浮かばせていた。
「好きでも無い相手に迫られて、嬉しい筈が無いんだ…、」
「梓に、迫ったんですか、」
「……キスを、した。あの時の梓くんは、今の私と…同じ気持ちだったのかも知れない、」
苦渋に満ちた顔で、まるで懺悔のように言葉を紡ぐ姿に、透冴が溜め息を洩らす。
「貴方は随分と梓を美化しているようだ。彼は自分を好きになってくれる相手なら、誰でもいいんです。……梓の考えなんて貴方には到底、理解できないと思いますけど。」
「もしそれが真実だったとしても…理解できなくとも、私は、彼に近付きたい。」
真摯な眼差しを向けられ、透冴は僅かにかぶりを振った。
やがて小鳥遊から離れると、己の衣服の乱れを直しながら、口を開く。
「興醒めです。もっと抵抗して貰わなければ、強要する意味が無い。真面目過ぎる人間を相手にするのは、退屈なだけですね。」
「…オーナーの癖に、随分と不真面目だな。」
「肩書きだけで、俺の人格を決め付けないで下さい。…梓の連絡先ですが、残念ながら知りません。彼は抱かれたい時に、この店に来るか、俺の家の前で待っているんです。」
ソファの上で身を起こした小鳥遊は、手掛かりが無いと分かり、一気に気落ちした。
てのひらで額を押さえて悄然とするものの、透冴が部屋の奥へ進みだすと、思わず目で追う。
彼が、梓とどんな関係なのか……ひょっとしたら、恋人同士では無いのか。
そう考えると、胸の内では複雑な感情が、強く渦巻く。
だが二人の間柄を尋ねるのは、どうにも情けなく思え、小鳥遊は何も訊けずにいた。
そんな小鳥遊には構わず、透冴は少し離れた先の重厚な机へ近付き、メモ用紙を手にした。
机上は、書類や資料などが無造作に置かれ、ひどく乱雑している。
それを目にし、あまりの乱雑さに唖然とした小鳥遊は思わず、机上と透冴を交互に見遣った。
品の良さそうな外面からは、まったく予想がつかないが
性格は、かなりずぼらなのか。それとも単に、整理する暇が無いのか。
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