かけひき…5
たまに帰省する彼女は、こうして冬希に会いにきてくれる。
彼女の父親がゼミの担当教授だというのも有り、都心で会う回数も多かった。
「…ここにいるって、よく分かったな」
「冬希って面倒くさがりでしょ。そう遠くには行っていないと思ったからね」
瓶を片方、冬希に渡してから、彼女は煙草をねだった。
グロスが塗られた、形の良い唇が艶めいて見え、冬希はどきりとする。
目のやり場に困りながら、否応無く一本差し出すと、煙草を咥えた唇が近付いて、火まで点けてやる羽目になった。
異性には、ふつうに反応する。
男に反応したのは、祐一ひとりしかいないのだから、冬希にとってはこの上なく、ややこしい。
「…冬希っていつも、こんなキツいの吸ってるの?」
きれいな顔をほんの少し歪ませて、吸いかけのそれを唇から離した。
「好きなんだよ、この味」
「苦いだけじゃない。わたしには無理そう」
手元に置かれた携帯灰皿で火を消し、彼女は煙草の箱を取り出す。
「自分のがあるなら、最初からそっち吸えよ」
不満げに眉を寄せた冬希に、麻耶は自分の煙草を一本だけ差し出した。
「吸う?」
「要らねえ。他のは合わないし」
「ふうん。…冬希は、口がさびしいのかしら?」
「……なんで、そうなるんだよ」
呆れた物言いで返し、手にした瓶の蓋を親指と人差し指で挟んで回す。
麻耶はまともに答えず、澄み切った川へ顔を向ける。
横から見ると、睫毛の長さが良く分かるなと、冬希はぼんやり考える。
「川って和むよね…気分が落ちてる時に見てると、やばくなっちゃうけど」
「やばくって、どんな?」
「飛び降りたくなっちゃう」
なんでもないことのように、あっさり言う。
冬希はぎょっとし、思わず橋に視線を向けかけたが、彼女に悟られまいと、そのままあらぬ位置を見てしまう。
川をずっと眺めていた祐一の姿が脳裏に浮かび、強まる不安感に息苦しくなる。
落ち着こうと、冷たい水を一気に喉へ流し込んだ。
「冬希ってさ…男が好きなの?」
不意を衝かれ、気管に水が入って激しく噎せてしまう。
いつの間にか彼女は、橋のほうを見ていた。
「かっこいいもんね、叔父さん。冬希のお父さんもかっこいいけど、叔父さんはまだ若いし」
視力がいい瞳は、祐一の姿をあっさり捉えたのだろう。
笑いながら、「大丈夫?」と気遣って背中をさすってくれたが、冬希は落ち着かない。
まるで心臓を鷲掴みされたような気分だ。
「へ、変なこと、言うなよ…」
「変かな?」
「変だろ。男が男を好きとか、冗談じゃねえよ」
「そういうのも、ありだと思うよ。人間的に惹かれることってあるもん。話してると落ち着いたり、些細な話題でもすごく楽しめたり。波長が合ってるんだよね」
「そんなの、第三者だから言えるものだろ。当人からしたら、同性に恋愛感情向けられても気持ち悪いだけだ」
口調はつい、苛立ったものに変わった。
なるほどと呟いて、彼女は合点がいったように頷く。
「そっか…叔父さん結婚してるから、恋愛対象は女性って決まっちゃってるもんね」
「だから、違うって言ってんだろっ」
声を荒げても、彼女には臆した様子がまるでない。
むしろ楽しそうに、控え目な笑い声を立てている。
「冬希って、叔父さんの事になるとすぐ、むきになる。昔っから、叔父さんのことばかり気にしてたでしょ?」
「ち、ちがう…、それは、あのヒトが情けないから腹立って…っ」
「ほら、また。むきになってる」
愛らしい笑い声が耳をくすぐり、思うように強く出られない。
冬希は聞こえよがしに舌打ちし、再び水を飲んでから、新たな煙草に火を点けた。
そこへ、麻耶の響きのよい声がつづく。
「わたしね、冬希が好きだよ。顔がいい男って、みんな大抵同じでつまんないんだけど、冬希は違うし。あの大学選んだのだって、わたしの父に憧れてって理由、今時珍しいでしょう。純情で、まっすぐだよね。だから…」
冬希の視線を待ち構えるように、一度言葉を区切る。
その思惑通り、冬希は怪訝そうに目を合わせた。
「違うなら、わたしと付き合ってよ。叔父さん以外なら、勝ち目あるし」
予期せぬ申し出に、危うく、しまいかけたジッポを落としそうになる。
異性から告白されるのは外見のお陰で珍しくないが、彼女のような美人からというのは稀だ。
「か、勝ち目って、逆だろ。あのヒト、すげえ情けなくて弱気で、駄目なおとなで、よっこいしょとか呟くぐらい年寄りくさいし。落ち込むと鬱陶しくて、ふだん小声だし…マヤのほうが断然勝れてる」
「そうかな。叔父さんって、抜け目ないと思うけど」
「どこが?」
「ねえ、それより話を戻して。冬希、わたしと付き合ってくれる?」
「…あ、その、いや…それは…」
熱心な瞳に見つめられ、冬希はしどろもどろになって目を泳がせる。
すると、麻耶の顔が近づいて、頬に唇が触れた。
[前] / [次]