かけひき…12

「…随分と、感じやすいな」
 濃すぎる絶頂感で放心状態の冬希に、声がかかる。
 髪を撫でられる感触に力なく見つめ返すと、欲望で熱くギラついた祐一の瞳が細められた。
 まるで獲物を狙うような力強い視線に、為すすべも無く、捕まってしまう。
「私も限界だ。そろそろ…出るか」
 なにが限界なのか、冬希には考える力が残っていなかった。



 料亭をあとにすると、祐一の暮らしているマンションへ直行した。
 まだ足腰に力が入らず、ふらついている冬希を支えながら、その耳元で祐一は意地悪く揶揄する。
「そんなに好かったのか?」
「い、いや、これは、その…」
 しどろもどろになって答えられない冬希の愛らしさに、祐一は思わず低く笑った。
「わ…笑うなよ。おれは、叔父さんみたいに経験豊富じゃねえんだよ」
「私もそれほど豊富なわけでもないが」
 冬希の腰を抱いてしっかり支えながら、エレベーターに乗り、階のボタンを押す。
 扉が閉まり、エレベーターが上昇を始めると、冬希は黙りこんだ。
 祐一のマンションに来るのは、初めてだった。
 彼が妻とふたりで過ごした家だと思うと、緊張する。同時に、心の奥でもやもやした気持ちが膨れるのを感じた。
 それが嫉妬なんだと気づいたのは、階に到着して扉が開いた頃だった。
「冬希、今日一日ぐらい叔父さん呼びは、やめにしないか?」
 エレベーターから降りて廊下を進んでいた途中で、ふいに祐一が提案をする。
 やんわりとした口調だが、その表情は力強く、首を横には振らせない迫力があった。
 いつも頼りない表情で、おどおどしていたはずの彼の変貌ぶりに、冬希は調子が狂いっぱなしだ。
「…ユウイチさん?」
「ああ、それでも構わない」
 鷹揚に頷く祐一を見て、でもということは他の呼び方もあったのだろうかと、冬希は考えをめぐらす。

(昔みたいに、ユウちゃん、とか? いやいや、まさかなぁ…)
 自分で自分にツッコミを入れていると、祐一が玄関の扉を開ける。
 多少ふらつきながら通った冬希は、無意識に靴箱へと目を遣ったが、女物の靴は一切無かった。
 本当に離婚したのだと実感するが、それでも念入りに確認するように、「お邪魔します」と声を張り上げた。
 女性の返答は無い。
 代わりに、祐一の短い笑い声が耳に届く。
「ぼーっとしてないで、早くあがれ」
 冬希から離れ、先に部屋へ入ってゆく彼の後を、冬希は自らの意思で追った。
 祐一に手を引かれたわけでもなく、自分から進んでいったのだ。
 彼の傍に、もっといたいと願う気持ちが、いまは心の奥底から溢れ出ていた。
 溜めつづけていた想いを口にしてから、気持ちはいっそう強まるばかりで、もう抑え切れそうにない。
 自分だけが余裕なく、暴かれてばかりな気もするが、それは不思議と心地よかった。

(両想い、なんだよな…両想いって、こんなに安心するものなんだ)
 初めて知る感覚に鼓動が速まり、そういえばと思い返す。
 安心感。
 それこそが幼い頃、祐一に懐いていた最大の理由だ。
 友達と喧嘩してしまった時も、親に叱られた時も、祐一がいつも傍にいてくれた。
 あたたかい言葉をくれ、なにげないことでも優しく褒めたり、沈黙が必要な時にはずっと寄り添ってくれていたのだ。
 傍にいると安心するし、それはとても居心地が好い。
 昔感じていた居心地の好さを、冬希はいま再び感じていた。

 祐一に促されて辿りついた先は、広い寝室だった。
 黒のベッドは大きく、一人用と呼ぶには広すぎる。
 座るよう促されても冬希は首を振るだけで、動こうとしない。
(離婚したっつっても、その前は…)
 あのベッドで共に寝ていたのだろうと思うと、胸の奥がずきりと痛んで、息苦しくなった。
 強まりそうな嫉妬心を誤魔化そうと、冬希はデニムの隠しへ手を伸ばした。
 横目でうかがえば、上着を脱いだ祐一はベスト姿で腕時計を外している。
 こっちを見ていないと分かると、携帯電話を取りだして着信履歴の確認をする。
 麻耶からの着信が、数件あった。
「やっべ……ユウイチさん、ちょっと電話してきていいかな? 怒らせるとまずい相手だからさ」
 携帯の画面を見ながら部屋から出ようとすると、その腕を、祐一が素早く掴んだ。
 そして反対の手で携帯電話を奪い取り、冬希の許可も得ずに電源を切る。



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