かけひき…16(終)

「あの、さ……さっき言ってた、かけひきって?」
「気になるのか」
「……うん。ユウイチさんのこと、ちゃんと知りたい」
 事実を知る緊張感から、腕を掴む手が震える。
 祐一はその手を包むように握って、冬希の瞳を見据えた。
「結婚式で後悔したあと、おまえの心をどうにかして繋ぎとめておきたかった。情けない男のほうが、冬希の性格上、放っておけなくなるだろう? 現に、私が小声で喋ると、いつも突っかかってきたしな。すぐ反応したり、むきになったり」
「あ、そういえば親父が、ユウイチさんは昔は違ったって……そういうことか!」
 ようやく合点がいったとばかりに納得の声をあげる冬希の鈍感さが、祐一からすれば愛らしい。
「あれ? じゃあおれ、ずっと騙されてたってこと?」
「騙したんじゃなく、駆け引きだ」
「あ…そっか。……ん?」
 丸め込まれているような気がして、なにやら腑におちない。
 小難しい表情をして考え込んでいる冬希の唇を、祐一は笑いながら優しく奪う。
「妻とは、もともと愛のない結婚だった。彼女の父親が余命数年でな。せめて結婚だけでもして、生きている内は安心させてやりたいと言われて、私もその時は逃げたい一心で、了承してしまった。身勝手すぎるだろう、笑ってくれていい」
「……笑わねえよ。だって、ほんとに身勝手だったら…余命わずかだろうとなんだろうと見捨てて、とっくに離婚してたはずだろ」
「冬希にそう言ってもらえると、救われる」
「会社クビになってから離婚したのって、その…」
「ああ。彼女の親父さんは亡くなった、私が辞めさせられる少し前にな」
「そっか…」
 見知らぬ相手だというのに、冬希は目を伏せて憂う。
 その純粋さが愛しくてたまらず、胸を熱くさせた祐一は、冬希の身体を強く抱き締めた。
「おまえは本当に、いい子だ。私が繋いでしまってもいいのかと思うぐらいに」
「そ、そんなん…好きになったらもう、どうしようもねえじゃん。だから、その、繋がれてやるよ」
 照れ隠しで偉そうな口ぶりになってしまい、祐一の気分を害させたのではないかと案じる。
 祐一は眉を上げたが、肩を揺らして嬉しそうに笑った。
 それが嬉しくて、冬希は祐一を抱き締め返す。
「冬希、愛している。本当に愛おしくて、たまらない…」
 甘い囁きが、冬希の胸の奥にじんわりと沁み込んでゆく。
 くすぐったそうに首をすくめたあと、すこし遠慮がちに、祐一の肩口へ顔をすり寄せた。
 愛らしいその仕種に、祐一は容易く興奮と熱を煽られる。
「さて…休憩は、もういいだろう」
 甘い雰囲気に浸る間もなく、内部に入ったままの熱源が、ゆるゆると動きだした。
 冬希は咄嗟に、祐一の胸を押す。
「も、もう少し休ませろよ…ユウイチさん、分かってるのかよ? お、おれ、初心者だぞ。もっと労りを…」
「そういう主張は、ここをヒクつかせずにするものだろう」
 祐一が意地悪く笑い、ひくひくと震える襞を指摘する。
「…そ、そこがそうなるのは、おれの意思じゃ…」
「そうか? だが、私を求めているのは、冬希の意思だろう」
 自信たっぷりに言われ、冬希には返す言葉が見つからない。
 意地悪く事実を突きつけられると、認めてしまうのはどうにも屈辱で、素直に頷けない。
 沈黙を保つと、内壁が擦られ、冬希は呆気なく快楽に捕らわれた。
 理性が次第に薄れてゆく冬希へ、祐一の声がかかる。
「正直な話…駆け引きで冬希の心を繋いでいられるか、そしていまでも私を好きなのかは、賭けに近かった。本職に就いてから、じっくり攻めてゆくつもりだったが。あの橋で再会したら、そんな考えも吹っ飛んでしまった……ままならないものだ、人生は」
 快楽で甘く痺れた頭では、祐一の声が遠くで聞こえる。
 だが祐一にしがみついた瞬間、耳元で響いたのが、
「それに冬希が成人しているとは…兄貴のやつ、教えてくれなかった」
 悔しそうな声で。
 そんなことを不満がる彼が子どもっぽくて、愛らしく思え、大人で余裕な態度とのギャップに唇が自然と綻ぶ。
 室内に響いた笑い声は程なく、甘さを含んだ嬌声へと変わっていった―――。



終。




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