リアル…2
次に聞こえたのは、獣の苦しげな咆哮。
警戒しつつ画面に視線を戻すと、倒れた狼に片足を乗せてポーズまで決めている慎哉のキャラクターが見えた。
「トモ誘って正解だったな。びびりながらプレイするやつって、俺、超好き」
「ぼ、僕はもう、へとへとだよ」
「しょーがねえな。キャンプ道具使ってやるから、すこし休もうぜ。キャンプ中は敵襲ってこねえからさ」
「そんな便利な道具が有るんだ? ……僕、その道具使いまくって引きこもってそう」
テントの中からずっと出ないまま時間を過ごすだろうと、慎哉は簡単に予想できた。
笑いを堪えながら、智の肩を叩く。
「ま、ほら。下のカフェテリアで飲みもん買ってこいよ。リラックス、リラックス」
慎哉の手が首筋にまで触れてきて、智はくすぐったげに身を捩る。
一瞬、慎哉が目を細めたものだから、大人っぽいその表情に鼓動が跳ね上がった。
あわてて立ち上がり、智は何度も頷く。
「買ってくる。シンヤは? なにがいい?」
「あー、俺は珈琲でいいや。ほらよ」
的確にやわらかく投げられた財布を、智は難なくキャッチした。
いってきます、と一言告げ、慎哉の財布を両手で持っていそいそと走り去った。
(なんだったんだろ、さっきの…)
自動販売機で珈琲と飲料水を買い、それらを両手に抱えて智はぼんやりと思案に耽る。
見えたのは一瞬だったが、慎哉の大人びた表情が脳裏に焼きついて離れない。
なにやら熱っぽさを感じたのは、自分の気の所為だろうかと首を傾げる。
慎哉とは大学生になってから知り合った仲だ。
ゼミ見学の際、見学に来たのが慎哉と智の二人だけで、智のほうから話し掛けたのが切っ掛けだった。
それから一年以上経つが、あんな表情は今まで見たことがない。
好きなゲーム内容を夢中で語る時のものとも、高難易度のゲームを最速クリアした時のものとも、近いようで違う顔。
無性に気になったが、それ以上深く考えないほうがいい気もした。
(ま、いいか…)
考えても分からないものは仕方ない、と自分に言い聞かせて思考を振り払い、二階の教室に戻ろうとする。
階段をゆっくり上がっていると、踊り場のほうから声が響いてきた。
「好きなの、慎哉くんのことが。私の恋人になってくれない?」
無意識に智の足が止まり、その場に立ち尽くしてしまう。
慎哉は外見だけでなく、長身で体格も良い。女子生徒にしょっちゅう呼び出されているのを知ってはいたが、まさか告白の場面に出くわすとは予期もしなかった。
「悪いな、俺ゲイだから。女に興味ねえんだわ」
衝撃的な言葉が智の耳に張り付いて、離れない。
女子生徒は泣いたり落ち込むよりも、無言で走り出し、逃げるように去っていった。
(あ、やばい。僕のこれ、盗み聞きだ)
居心地の悪さに歯噛みして、どうしようかと内心ひどくうろたえる。
慎哉が教室に戻るのをその場で待っていたが、立ち去る気配がまるで無い。
しばらく経っても物音が一切しない為、既に立ち去ったのではないかと、智は考える。
身を少し乗り出すようにして踊り場をうかがうと、丁度視線を向けてきた慎哉と目が合ってしまう。
「トモ? なんだおまえ、買ったんなら早く戻ってこいよ」
「う…うん」
気まずそうに視線を逸らす智の様子に、慎哉は素早く察する。
「さっきの聞いてたんだろ」
「……ご、ごめん」
眉を下げ、申し訳なさげに謝罪する智を見て、慎哉は笑い出す。
智の立っている場所まで降り、缶珈琲を取ってからまた戻る。
「べつに謝ることじゃねえよ。ほら、行くぞ。さっきの続きしようぜ? 今日中にトモのレベル、20までは上げねえとな」
「うん。でも、なんで20?」
「20レベルなら、まあステ振りと装備次第だが…わりと楽に一人でも狩れるからな」
「……一人で、出来るかなぁ」
自信が全く無い、と。肩を落としながら階段をあがり、慎哉の隣に並ぶ。
「慎哉に追いつきたいのは、やまやまだけど。僕、自分で思ってた以上にびびりみたいだ」
智は頭を掻いて、少し気恥ずかしそうにはにかんで笑った。
大学生にしては愛らしさの残るその表情を見て、慎哉の胸の奥が熱くなる。
ほぼ無意識に、智の肩に触れて引き寄せようとした。
いつもの過剰なスキンシップだったが、先ほどの言葉を聞いたばかりの智は慌てて逃れた。
距離を開かれ、慎哉の目が驚きで見開く。何度か瞬きを繰り返した後、合点がいったように「ああ」と声を上げた。
「俺がゲイだから嫌がってんのか? 違うぜ、あれ、嘘だし。ああやって断ったほうが、楽なんだよ。しつこく食い下がってこねえから」
「……慎哉はほんとに、ゲイじゃないの?」
「ゲイじゃねえよ。ちゃんと女が好きだぜ、俺」
今度は注意深く、慎重な動きで肩を抱いてくる。
納得した智は笑ってそれを受け入れた。
教室に戻り、ゲームを再開した二人は休憩も入れず、2時間近く夢中になっていた。
その間、智の悲鳴が止むことは無い。
レベルが上がっても、智自身がゲームについて行けていないのだ。
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