リアル…3
「…休憩、休憩にしようよ。もうだめ、むり」
「しょうがねーな。キャンプにしてやるから、休んどけ。俺、飲み物買ってくる。トモは?」
「僕は要らないよ。……目がしぱしぱする」
椅子の背に深くもたれ、休みに入る。
そんな智をしばらく眺めてから、慎哉は教室を出て行った。
瞼を閉じると、智は眠気に襲われる。強いものではなく、ゆるやかで心地の好いものだ。
うとうとしていたが、程なくしてドアの開閉する音が聞こえる。慎哉が戻ってきた。
しかし智は目を開けず、まだ当分は休むつもりでじっとしていた。
「トモ? 寝たのか?」
静かな声音が、耳の奥をくすぐる。それに思わず浸ってしまった智は、慎哉の問いに反応しなかった。
そこへ、唇になにかが触れた。
柔らかく、熱っぽいなにか。
うっすらと瞼を開けた智の間近に、慎哉の顔があった。
互いの視線が重なり、状況を理解出来ていない智が目をぱちくりさせる。
すると、もう一度唇をくっつけられる。
キスをされたのだと智が理解した頃には、慎哉は身体を離していた。
「起きてたのかよ、トモ」
「……ゲイじゃないって、言ったのに。今のも、ゲーム感覚? だとしたら、やめろよ、こういうの。シンヤに惚れてる女の子たちが、可哀相だよ」
智の瞳から涙が零れ落ちる。
慎哉はぎょっとし、困惑げな面もちで智を見つめる。
しばらく無言の時が過ぎ、慎哉が不意にパソコンに向き直った。コントローラを操作し、チャット画面に何かを打ち込んでいる。
「おい、トモ。俺のこと見なくていいからよ、画面見ろよ」
「画面…?」
涙を拭い、言われるままに目を向ければ、チャットのログ欄に慎哉の発言が残っていた。
トモが好きだ。
「……これ、どういう…?」
隣の慎哉を見れず、画面から視線を離さずに問う。
慎哉は答えずに、コントローラを操作する。新たな文字が、画面に表示された。
―――ゲイじゃないし、女が好きだけど、トモのことがもっと好きだ。
―――トモには、ゲーム感覚じゃない。ぜんぶリアルなんだ。
画面をじっと見据えて、やがて横目に慎哉を窺った。
慎哉は俯き、コントローラを睨むように見ている。
「じゃあ…さっきみたいなキス、他のやつにもしてるわけじゃ、ないの?」
「するかよ、バカ。おまえにだけだ。……俺がゲームオタクでも、自然体で接してくれたトモが、すっげえ好き。トモといると、ぜんぶがリアルに感じて、面白くて、居心地いいんだよ」
「それって、告白?」
じわじわと頬が熱くなってゆくのを感じながら、智はおずおずと訊いてみる。
慎哉の双眸が細められた。熱っぽさを感じる大人びた表情だ。
「告白。俺だけのトモになれよ」
「……了承したら、このゲーム、一人で進めなくて済む?」
予期せぬ智の言葉に、慎哉は瞠目した。
それを条件にするのかと思うと、堪えきれず、小刻みに肩を揺らして笑ってしまう。
「俺と付き合えば、どんなゲームでも快適にプレイできるぜ」
「じゃあ、シンヤと付き合おうかな」
淡々とした答えに、両想いは期待出来なさそうだと胸中で判断していると、智が言葉を続かせる。
「……ねえシンヤ、画面見てくれる?」
訝しげに画面へ目を遣った慎哉が、思わず口をぽかんと開ける。
―――付き合うのは、ゲームが理由じゃないから。
「だったら、どんな理由だよ」
急いで智のほうに向き直ると、智はコントローラを置いて立ち上がった。
緩慢な動きで、慎哉の肩に手を乗せ、ぐっと身を寄せる。
至近距離で見つめ合い、智のほうから慎哉の唇を奪った。
触れるだけの口付けを交わし、智はほんのわずか顔を引く。
「キスが、嫌じゃなかったから」
「……でもおまえ、さっき泣いたじゃん」
「誰にでもゲーム感覚でするのかと思ったら、ここが痛くなって」
自分の胸に手をあてて、慎哉を真っ直ぐ見据える。
「シンヤが刻んだ、リアルだよ」
囁くように告げた。
唇に智の吐息がかかったのも有って、慎哉は甘い痺れが背中を駆け抜けてゆくのを感じた。
手を伸ばし、智をしっかりと抱き締める。
伝わる温もり。感じる鼓動。
まるで確かめ合うように、二人は何度も唇を重ね合わせる。
現実的な感覚が互いの心を熱くさせ、愉悦に導いていった―――。
終。
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