陶酔…3
目を覚ますと、見慣れない天井が映り、
優希は飛び起きた。
警戒して周りを確認し、誰も居ないと分かれば、ゆっくり体を倒す。
広い和室に敷かれた布団が、あまりにも柔らかくて、心地いい。
「うー……すごく柔らかい、うちの煎餅布団と大違いだ……やわらかー、枕も気持ちいいー」
独り言を零した直後、襖の向こうから笑い声が聞こえた。
ビクッと驚き、慌てて優希が起き上がるのと、襖が開くのはほぼ同時だった。
「目覚めの第一声がそれって、本当に面白いねぇ、キミ」
クスクスと
三科に揶揄され、無防備になってしまった自身を恥じ、優希は赤くなる。
「あ、アンタは確か……助けてくれなかった人」
「ええー? 酷いなぁ、今はこうして匿ってあげてるのに」
「今……匿う……何が目的ですか?」
気が変わったのは何故か、と優希は怪しむ。
三科は、無防備な優希がよほど面白かったようで、緩んだ口元を隠そうともしない。
「目的ねぇ、キミに興味が湧いちゃった」
「……ホモ?」
「んーん、僕、野郎に興奮はしないよ。ガキにもね」
そう言って近付き、優希の横に「よっこいせ」と呟いて座り込む。
着流しが良く似合う三科の、大人の色気にあてられそうになり、優希は視線を逸らす。
同性に反応してしまう質の優希にとって、三科の顔も柔らかな声も、前を着崩しているから見えてしまう、整った筋肉も刺激が強すぎる。
「自分勝手な猫チャンが、どう成長するのか、興味が湧いてね」
「……そういうの、見世物にされてるみたいで腹が立ちます」
「何も仕込む気は無いよ、キミは今日からここで暮らせばいいだけ。それと僕はね、三科っていうの。キミは? 自分の名前ぐらい、言えるでしょ?」
のんびりと柔らかな口調で返され、優希は勢いを無くす。
「笹川、優希。……アンタって……ヤクザ、だろ。俺はヤクザが大嫌いだ。ヤクザなんかに、世話になる気は有りません」
立ち上がろうとしたが、三科に肩を掴まれて布団に寝かされる。
「な、なに、なにをするんですかっ」
「何って、添い寝」
「俺の話聞いてましたか!? うわあ、ちょっと! 近いんですけど!」
優希は間近で三科の整った顔を見てしまい、耳まで赤面し、逃げようともがく。
悲しい事に、外見が優希にとって好み過ぎるのだ。
そうとは知らず、三科は優希をしっかり抱いて逃がさない。
「添い寝に慣れてないのかな。これからは毎日一緒に寝よっか」
「い、いい、いらない、離してくださ、はな、離せって!」
肘をぶつけても、胸板を押し戻そうと力を入れても、どんなに暴れても、解放して貰えない。
何時間もそうこうしている内に、優希が音を上げた。
「ふふ、疲れちゃったかな。ぐったりしてて、かわいいねぇ」
「うー……」
暴れ疲れ、優希は力無く、三科の腕の中で眠りに就いた。
翌朝、目を覚ますと、まだ三科の腕の中にすっぽりおさまっていたが、少し体をずらしただけで、簡単に抜け出す事が出来た。
壁にかけられていた制服に急いで着替え、学生鞄と靴を持って部屋を出る。
広い屋敷を、誰にも見つからないように歩き回って、なんとか玄関へ到着した。
一晩世話になった礼だけは言っておきたかったが、相手はヤクザなんだと思い直し、静かに門を通る。
(ヤクザと関わる道は、俺の道じゃない……俺は道だけでもせめて、普通でありたい)
自分が、同性しか愛せない異常者だからと、優希は歯噛みする。
男性に興奮する質だと自覚した時、誰とも結婚する事無く生涯を終えるのだと悟った。
カミングアウトをして、幸せを掴む男性も居る事は知っているが、自分はそうはなれないだろうと、諦めている。
どうしようもなく強烈な疎外感に苛まれたが、抑え込み、幸せになりたいという願望にも蓋をして、気付かないフリをした。
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