陶酔…4


 中学校の近くまで来られたらどうしようかと、不安はあったが、大友の配下らしき男達の影は無い。
 学校を終え、正門前で優希は考え込む。
 一度自分の家へ行き、父親が戻っていないか確認するべきか。
 自分を捨てたなんて、なにかの間違いであって欲しいから。
 暗い表情をしている優希の前で、一台の車が停まった。
「居た居た。ゆーきくん、迎えに来たよ。学校ってこんなに早く終わるものだっけ」
「今は受験期間だから……って、なんでここに? 迎えって、どういう事ですか」
 優希は瞬きを繰り返し、呆然とするしかない。
 後部座席から一度下りた三科が、優希の手を優しく引っ張り、車の中へ連れ込む。
「匿うからには送り迎えも必要でしょ?」
 呆然と聞いていたが、三科の膝の上に乗せられていると気付き、慌てて逃げようとする。
 手が頭に寄せられたので、殴られると思った優希は縮こまり、震えながら目を瞑った。
 しかしその手は優しく、優希の頭を撫でるだけだった。
「……え?」
「なぁに、殴られるとでも思ったの? そんなに怯えなくていいよ。寄りたい所は有る? 欲しい物が有ったら買ってあげるよ」
「それじゃ匿うっていうより、囲うになっていませんか? それに俺、言いましたよね。ヤクザなんかに世話になりたくないって……あ、でも昨日はその、泊めて下さってありがとうございました」
 刺々しく言い放つが、礼はやはり伝えておこうと思い直し、素直に頭を下げる。
 三科が満足そうに微笑み、今度は優希の頬を撫でた。
「ゆーきくん、いい子だねぇ。ちゃんとお礼言えて、いい子いい子」
「中学生だったら普通だと思うんですけど……っていうか、撫でないでください」
 手を軽く払いのけ、膝からおりようとしたが、三科の手が回るほうが速かった。
 力強い両手で抱き寄せられ、優希の頭の中が真っ白になる。
「ゆーきくんが逃げちゃうから、早く出して」
 温和な声音のまま、運転手に三科が声を掛けると、直ぐに車が動き出す。
「あ、あの、あの、離してください」
 意識しないように極力努めながら、三科の抱擁から逃げ出そうとする。
 三科は優希をじっと見て、あっさりと両手を引いた。
 ホッとし、心の中で盛大に安堵の息をついた優希を、三科は暫く眺めて。
「ゆーきくんは、ゲイなの?」
 心臓を鷲掴みにされるような衝撃に襲われ、優希は上手く息が出来なくなる。
「なん……なにを言って……違いますよ」
「そお? 昨日の反応も考えたら、男を意識しているように思えたんだけどなぁ」
「か、考えすぎです、俺はそういうスキンシップとか、慣れてないから、だから……」
 思考をなんとか巡らせて、苦しい言い逃れを放つ。
(バレバレなんだよな……必死に隠そうとする姿が、可愛すぎるんだが)
 三科は全て見抜いた上で、少し揶揄したくなり、優希の耳元で囁く。
「じゃあさ、ゆーきくんのほうから抱き着いてみてよ。ゲイじゃないなら、簡単に出来るでしょ」
 逆では? と疑問符が浮かぶが、絶対に隠し通したい優希は、深く考える暇が無い。
 震えた両手を三科の背中へ回し、恐る恐る力を込める。
「こ、これで、疑いは晴れましたか?」
「そうだねぇ。ゆーきくんは抱き着くほど僕が好きなんだねぇ」
「ち、違ッ……違う、誤解です!」
 焦って否定する優希を、三科は愉しそうに見つめていた。


 三科の家に戻り、優希は複雑そうに正座をしている。
 真面目な話、と三科から云われた時は、この男が真面目な話なんかするのかと、不思議で仕方なかったが。
 内容は、大友と、優希の父親に関する話だった。
「組員数名に張らせていますが、大友は坊主を諦めていないようです」
 金城が閉じた襖に向かって報告すると、着流しに着替えた三科が襖を開けて現れた。
 優希は直視しないよう、思わず視線を逸らす。
「大友ねぇ、割としつこい性格みたいなんだよねぇ。1、2年ぐらいはゆーきくんを諦めないだろうって、聞いたよ。ゆーきくんは、美が付くほど美少年でも無いのにねぇ」
 後半は朗らかに笑いながら言われ、優希は返答に困っていた。



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