陶酔…5


「……1、2年ですか……寮が有る高校なら逃げきれそうですね」
 言ってはみたが、第一志望の高校も第二も、ともに寮は無い。
 今から志望校を変えるには遅すぎる。
 転校の可能性も考えたいが、現状、親が居ない状況の為、一人では決める事が出来ない。
 難しい顔をして黙り込んでいる優希と違って、三科は普段通り柔らかな表情を崩さない。
「寮? なんで?」
「なんでって、逃げながら生活するには寮が一番だと思うんですけど」
「あのねぇ、ゆーきくん……」
 隣に座った三科が、優希を引っ張り、自分の膝の上に乗せた。
「僕、匿うって言ったでしょ? 1年でも2年でも、何ならずっとここで暮らしていいんだよ」
「いや、だから俺はヤクザには……」
 言い掛けると、三科の手が迫る。今度こそ殴られるのかと、優希は身を硬くした。
 三科の手が優希の頭に触れた瞬間、大きな音を立てて襖が倒れた。
 4人の男達が聞き耳を立てて体重を掛けた所為で、襖が耐えきれなかったようだ。
「やった! 何年でも居るんですね! おれ、優希さんと庭でキャッチボールしたいって思ってたんすよ」
 起き上がった一人、鳥井が明るい声を出す。
 優希は見知らぬ男達の登場にぽかんとしており、そんな優希の頭を三科が撫でていた。
「おまえらねぇ、なに盗み聞きしてるの。ゆーきくんが驚いちゃってるでしょ」
「俺らは寝ている坊っちゃんを見て知っているが、坊っちゃんからすれば初見だもんなぁ」
「ま、俺達は大歓迎だからな、安心していいぞ坊主」
「弟が出来たみたいで嬉しいねー」
 4人の男達が歓迎の意を示し、代わる代わる頭を撫でて来るものだから、優希は言葉に詰まる。
「あ、えっと……お世話に、なります」
 ここまで歓迎されては流石に断り難く、優希は折れた。


 三科の家で暮らし始めてからは、優希にとっては夢のようだった。
 柔らかい布団で眠り、美味い食事にありつけ、毎日風呂に入れる、そんな当然の事が今まで無かった為、優希は暮らしに不自由しなかった。
 ただ、毎日のように三科と添い寝をしなければいけない事には、疲労感が溜まってしまう。
 一度、風呂に入っている時に、三科が入って来た時は生娘のように混乱して追い出した事も有る。
 三科の距離感は、優希にとって近過ぎるのだ。
「三科さんって、岩本さんや白橋さん達に対しても、ベタベタするんですか?」
「オヤジが俺達に? 無い無い」
「ベタベタすんのは、それだけ坊主を気に入ってるからだろう」
「気に入る? 俺なんかの、どこがいいんですかね……」
 廊下の拭き掃除を終えて悩む優希に、内山と白橋の手が伸びて、同時にわしゃわしゃと頭を撫でられる。
「世話になってるから、掃除や洗濯をやりたいって、いい子過ぎるだろう」
「そうそう。なんもしないでただ匿われてるだけじゃないところが、いいんじゃないー?」
 頭を撫でまわされ、髪型が乱れたが、不思議と嬉しさのほうが強い。
 三科もそうだが、組員も揃って、優希が思い描いていたヤクザとは正反対なのだ。
 ヤクザだと云う事を忘れそうなほどに、住み込みの組員は和やかで、温かい。
「優希さーん、キャッチボールしましょー!」
 掃除を終えた矢先、鳥井がボールを持って誘いに来る。
 広い中庭でキャッチボールをしていると、幼少の頃、父親ともしていた記憶がよみがえる。
 気を取られていた所為で受けとめきれず、ボールはバウンドして転がった。
「すみません、取って来ます」
「おれも行きましょーか?」
「大丈夫です、すぐ戻ります」
 鳥井を残して、ボールが向かったほうへ急ぐと、見つかりやすい場所に落ちていた。
 屈んでボールを掴んだ瞬間、金城の声が聞こえる。
「笹川が一度家に戻った形跡? なんのために戻ったのか知らないが、次見つけたら、大友の連中より先に捕まえとけ」
 携帯電話で通話中の、金城の話を偶然にも盗み聞きしてしまい、優希は身体を強張らせた。
(親父が一度家に戻った? もしかして、俺と一緒に逃げる為?)
 まだ父親のことを諦められない優希はボールを置き去りに、焦燥感に駆られてアパートへ向かう。
 幸い、周辺に柄の悪そうな人間は見当たらず、それでも警戒しながら部屋へ入る。鍵は、開いていた。



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