陶酔…7
「僕も一口、貰っていーい?」
「え、あ、はい。作ったのは岩本さんですが」
まだ手をつけていないほうの若鮎を、どうぞと差し出したが、三科は優希が食べかけていたものを躊躇無く食べた。
「そっち、俺の食べ掛けなんですけど」
一応言ってみると、三科は優希にだけ聞こえるよう耳元で囁いた。
「うん、間接キスだね」
「ッ!?」
言葉が出ず、顔を赤くして口を開いては閉じてを繰り返す。
俯き、居た堪れない様子で視線を落としてしまう。
「オヤジ、優希さん真っ赤になってるじゃないっすか。なにしたんすか?」
郵便物を両手で抱えた鳥井が気付き、眉根を寄せて問う。
「さあね。じゃあゆーきくん、僕は会社に戻るよ。何も無くても、いつでも連絡して良いからね」
三科はのらりくらりとかわし、優希の後頭部にキスをして名残惜しそうに膝から下ろす。
解放されてほっと息を吐く優希に、手をヒラヒラと振って去ってゆく。
三科に挨拶をして見送った組員達も、それぞれ会社を持っている為、時間だ、とドタバタし始める。
鳥井と優希を残し、縁側はあっという間に静まり返った。
「優希さんの分の郵便物、届いてましたよ」
「ありがとうございます。なんだろ……あ、通知書だ。俺、部屋に戻りますねっ」
受け取った優希は皿も持って、急いで自室に向かおうとする。
「了解っすー、なにか有ったら呼んでくださいね」
背に掛かった鳥井の声は、ほぼ聞こえていなかった。
ついに、待ち望んでいたものが、合否が書かれてある封筒が届いたのだ。
自室に戻るなり、封筒を開けようとしたものの、落ち着かない。
気分を落ち着かせようと、残った若鮎を食べてみるが、旨味は感じても冷静さをくれるわけでは無かった。
緊張したまま、優希は封筒からちらりと窓の外へ視線を移す。
今日の天気は外れだ。今にも雨が降りそうな空模様に変わっていた。
「嫌な天気だな……気が進まない」
快晴であったなら、結果を確かめるのに時間は掛からなかっただろう、と思いながら、独りごちる。
「こんな時、三科さんが居てくれたら……」
つい、三科に甘えたくなる感情が溢れて、優希は首を横に振った。
引き出しに手を掛けて、中から紙を取り出す。
結局捨てることの出来なかったそれを、何度も読み返していた。
そうするたびに、自分が父親を捨てたんだ、と言い聞かせ、強気になれるのだ。
「よし、第二志望の高校から……、げっ……お、落ちた」
届いた書類に目を通した優希の強気は、呆気なく砕かれる。
縋りつくように、次の封筒を急いで開け、合格したと分かると長い溜め息を吐いた。
どっと疲労感が押し寄せ、優希は畳の上で横になる。
第一志望の高校は、合格した。それなのに、胸の奥がモヤモヤする。
優希は無意識に、第二志望の通知書を掴んで眺めた。
落ちたことはショックだったが、どうしてこの高校に入りたかったのか、最初は覚えていなかった。
だが今になって、理由を思い出し、胸の奥が締め付けられるように痛い。
この高校は、父親の母校だ。
まだ父親との繋がりを求めている自分が、どうしようもなく惨めで情けなく、愚かに思えた。
――どうして逃げる時に、『一緒に』って言ってくれなかったんだ?
本当は、そう言って欲しかったと気付いてしまった。
何度も読み返していた父親の手紙を、思いっきり破り捨て、中庭に飛び出す。
進んで来た自分の道に、大穴が空いたようで、もうどこにも進めない気がして、雨に打たれ続けた。
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